ビジネス分野の教育に関するデジタル・テクノロジーとネットワーク経済について
ダートマス大学タックスクール、フィリップ・アンダーソン氏とのインタビュー






ダートマス大学タックスクールについて

タックスクールは1900年創設の米国でいちばん古い経営大学院で、全世界のビジネススクールのなかでも常に上位10校の内に数えられている名門です。

タックの大きな魅力の一つに、小規模校ならではの親密な雰囲気が挙げられます。教員一人あたりの生徒数の比率は1対9で、全校生徒数は370人(一学年185 人)となっています。タックの学生は互いに強い絆で結びついていますが、このつながりが卒業後も生涯を通じて続くことも珍しくありません。そして、この規模の小ささのお陰で、個々人の資質や希望に合わせた教育を受けること、あるいは就職活動の際には一対一のカウンセリングサービスを受けることもできます。さらに、学校を訪問してくるビジネスリーダーと個人的に面会するチャンスもあります。

タックには「メンター・プログラム」があり、これは一年生全員がそれぞれ二年生とペアを組んで、先輩からガイダンスやその他諸々の支援を受けるものです。

「学校の規模が小さいおかげで、却ってそれがアドヴァンテージになり得る」。もしこの点がよく飲み込めないというのであれば、次のように考えてみて下さい。すなわち、いま米国は空前の好況下にあるのですが、それも手伝って200社近い企業の採用担当者がタックを訪ね、求人面接を行っています。つまり、学生の数と同程度かそれ以上の求人があるということになります。

また、およそ100社にのぼる企業が夏期インターン募集をタックで募集しています。インターンシップの経験は、卒業後フルタイムの働き口を得るための重要な戦略のひとつですが、とりわけ投資銀行業界で働きたいという場合はそれが顕著です。1998年度卒業生のの全員が夏期インターンシップを経ていますし、そのうち約80%までがインターンとして働いた先の企業から、卒業に際してフルタイムの仕事の提示を受けています。

ですから、タックの卒業生全員が学校を出てから3ヶ月以内に就職先を見つけているといっても、別に驚くにはあたりません。このうち約75%が投資銀行かコンサルティング企業に進んでいます。またインターネット関連の企業に進む人の数も年々増加しています。

タック卒業生を多く採用する企業を挙げてみると:
ゴールドマン・サックス、ベイン・アンド・カンパニー、BCG・アンダーセン・コンサルティング、ドロイト・アンド・タッシュ、マッキンゼー、メリル・リンチ、デル・コンピューター、チェース・マンハッタン、ドナルドソン・ラフキン・ジャンレット
などの各社となります。

タックの卒業生ネットワークは活発に活動しており、その結びつきも緊密なものです。全卒業生のうち63%の人が毎年母校へ寄付金を送りますが、これは世界中のビジネススクールで最も高い数字です。

同校には「TRAC」 (Tuck Resources for Alumni Recruitment)と呼ばれるウェブ・ベースのシステムがあり、ここには卒業生を対象とした求人情報が掲示されています。またこのシステムには内部向けのデータベースもあって、海外からの留学生を採用する企業の情報も提供されています。

同校が卒業生に提供するキャリアサービスは、生涯に渡って続くものですが、これは無料で、履歴書のレビューと更新なども含まれています。

タックはまた、英国オックスフォード大学のテンプルトン・カレッジ、ならびにフランスはパリのHECスクール・オブ・マネージメントと提携して、1998年に「グローバル・リーダーシップ2000」というユニークなプログラムを発足させました。これは9ヶ月で修了するインターナショナルなエクゼクティブ・プログラムで、7社の多国籍企業が参加しています。その7社は、バング・アンド・オルフセン(B&O)、ブリティッシュ・テレコム、コルゲート・パルモリヴ、コーニング、ディアー・アンド・カンパニー、フォード・モータース、ルイヴィトン・モエ・ヘネシーです。

フィリップ・アンダーソン氏について

同氏は、ダートマス・カレッジ、エイモス・タック経営大学院の、ビジネス・アドミニストレーションの助教授。コロンビア大学から組織経営学の博士号を受けています。

米国陸軍の士官を勤めたこともあるアンダーソン教授は、いっぽうでフリーのコンピュータ・コンサルタント、大きな非営利団体の情報システム管理責任者、および新規立ち上げ企業の社長アシスタントなど、さまざまな立場で働いた経歴の持ち主です。1987年から1993年にかけては、コーネル大学のジョンソン経営大学院で助教授を勤めていました。現在はタック・スクールで、技術革新、インターネット戦略、ベンチャーキャピタル等に関する戦略マネージメントのコースを教えています。またこれまでに50のオリジナル・ケース事例およびノートを著しています。

同氏の研究対象には、技術の発展がどういう過程を経て進むのか、産業構造の変革期にどう企業経営を舵取りするか、ベンチャーキャピタルの世界で働くダイナミックな力学、そして競争力獲得・向上に関する戦略などが含まれています。

アンダーソン博士は、四つの学術誌で編集委員を勤めており、また”Organization Science Electronic Letters”誌の編集者でもありますが、これはインターネット上ではじめて発行されたメジャーな学術系ビジネス誌です。

同氏はコンサルタントとして、これまでにエアープロダクト(Air Products), アメリカン・エクスプレス・ファイナンシャル・アドヴァイザー(American Express Financial Advisors), BOC, ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(Bristol Myers Squibb), センテニアル・ファンド(Centennial Funds), シアナミッド(Cyanamid), ダウ(Dow),エムハート (Emhart), フリート・エクイティ・パートナーズ(Fleet Equity Partners), グラクソ・ウェルカム(Glaxo Wellcome),ヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard), J.M.フーバー(J.M. Huber), モルデン・ミルズ(Malden Mills), マーケム(Markem), メダリオン・エンタープライズ(Medallion Enterprises), ポラリス・ヴェンチャーズ(Polaris Ventures), ソレーナ (Sonera)といった企業にアドヴァイスを与えてきました。また、ごく最近までニューヨーク州イサカにあるAdvanced Computer-Aided Engineering Technologies社の取締役会メンバーに名を連ねていましたが、同社は1986年に創設された、インジェクション・モールディングのシミュレーション・ソフトを販売する企業でした。このほか複数のインターネット関連企業にもアドヴァイスを与えてきています。著書には”Managing Strategic Innovation and Change: A Collection of Readings”(マイケル・トゥッシュマン氏との共著: 1996年にOxford University Pressより刊行)があります。

さらにアンダーソン博士は、ヨシムラ・ノボル氏と共に”Inside the Kaisha: Demystifying Japanese Business Behavior”(Harvard Business School Press刊)を著していますが、同書はニューヨークタイムズ・ブックレビューで「これまで多くのジャーナリスト、ビジネスマン、経営コンサルタントたちの口から語られてきた、日本の商習慣に関するチンプンカンプンな戯言に対する、さわやかな解毒剤」と評された書物です。同書は1997年度の「フィナンシャル・タイムズ/ブーズ・アレン・グローバル・ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー」に於ける、産業分析およびビジネス・コンテクスト部門の受賞作となっています。

ウォーレン・J・デバリエ について

株式会社インターフェイス社長ウォーレン・デュバリエーは、シティバンク、エクソン、チェース・マンハッタン投資銀行といった米国企業で、約二十年に渡り、商業銀行業務、投資銀行業務、コーポレイト・ファイナンス、ジェネラル・マネージメント等の経験を経たのち、1988年に同社を設立。

これまでに歴任したポジションは以下のポストを含む: チェース・マンハッタン投資銀行マネージング・ディレクター兼コーポレイト・ファイナンス・ディレクター(ニューヨーク)、ジェネラル石油マネージング・ディレクター(東京)、エッソ・イースタン社ファイナンス・マネージャ(テキサス州ヒューストン)、エッソ・チリでのジェネラル・マネージャ(チリ、サンチアゴ)その他。

現在は日本記者クラブおよび米国商工会議所(American Chamber of Commerce in Japan)会員でもある。

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デバリエ: 米国ヤフー・サイトは、ダートマス・カレッジについて「アメリカでもっともネットワーク環境の整った大学」と評しています。タック・スクールも、この評判に恥じないだけの革新的な試みを進められていると思います。

しかし、たいていの日本人に尋ねてみればわかるのですが、授業のなかでデジタル・テクノロジーを利用するという点で他をリードしている学校としては、タックの名はなかなか浮かんでこないでしょう(訳者注:MIT、カーネギーメロン、スタンフォードなどが、どうしても思い浮かびやすいところ)。ですので、ここはタックの先進性を思う存分アピールしていただきたいのですが。

アンダーソン: 有り難うございます。伝統的に、タックからはゼネラル・マネージャーが輩出されてきており、ある分野のスペシャリストの育成というのは我々の目指すところではありません。ただ、そのせいで情報テクノロジーやエレクトロニック・コマースの分野に力を入れている他のスクールのほうが、過分な注目を浴びることも時としてあるようです。実際には、タックは規模が小さいので、それだけ身動きが素早く、おかげで最新のテクノロジーや技術革新を他校よりも早いペースで採り入れることができています。

デバリエ: まず、タックがインターネットを使った授業をはじめたパイオニア的存在だということは言っておくべきことと思います。「ウェブボード・システム」という仕組みを使い、教授陣、在校生、学校を訪れた企業経営者、卒業生などが、さまざまなコースについて—たとえばマーケティングから、あなたの教えていらっしゃる情報テクノロジーに関するものまで、オンラインで議論を交わすことが可能になっています。

こうしたオンラインのディスカッション・コースというのは、どういう経緯で出来上がってきたものですか。また学生たちの反応はいかがですか。

アンダーソン: タックで教えているE-コマースの授業は世界で有数のコースだと信じています。もっとも、別に私が世界でいちばん頭の良い教え手だというわけでも、余所より優れたリーディング・アサインメントを与えているからでも、あるいは素晴らしい現役のビジネスマンを連れてきて、一緒に授業を教えてもらっているからでもありません。昨年度は600名のタック卒業生に、私の受け持つコースの内容を監査していただきましたが、彼等の多くはエレクトロニック・コマース分野で活躍する現役の人たちです。在校生は、インターネット企業という最先端の場で働く卒業生とのやりとりから多くのことを、少なくとも校内で教授陣や学生同士、あるいはケーススタディの登場人物から得るのと同じくらい多くのことを学んでいます。

そうした卒業生が、各週毎に交代でグループをつくり、「陰の講師陣」役を勤めています。彼等の役割は、ウェブボードでの議論の流れを活性化し、そこに載せられたすべての質問に答えることです。さらに、在校生と卒業生とはオンライン上の読書リスト、すべての授業の速記録、学校を訪問した企業重役の講演、学生の行ったケース分析など、いろいろな情報にアクセスしています。また、毎年タックの卒業生なら誰もがオンラインのコースを受講でき、在校生が学んでいるのと同じ最新のテーマについて知識を得ることもできます。

在校生は卒業生とのやりとりを非常に好んでいますし、またそうしたやりとりから我々教える側の人間もたくさんのことを学んでいます。しかし、ウェブボードに張り出された全部のメッセージに目を通すことは不可能であり、したがって自分のいちばん興味の持てる議論を選んで、それに参加しなければならない。それを理解するまでには、ずいぶんと長い時間がかかりました。

デバリエ: ウェブベースの会議システムは他のコースで使われていますか。いるとすれば、どのコースでしょう。

アンダーソン: ええ、私の受け持つコースには新しい学習のためのテクノロジーを切り拓く役割もあって、ここで試したうえで、役に立つものは他の授業でも使われるようになっています。当校の「マネージメント・コミュニケーション」「アントレプレナーシップ」「プライヴェート・エクイティ」のコースは 1999-2000年度から、このやり方で授業が行われる予定です。

デバリエ: それは素晴らしいですねえ。ウェブ会議システムのコンセプトは、教育の在り方をいくつかの方向へ拡張してくれると思います。ひとつは地理的な面で、卒業生は世界のどこからでもログインして授業に参加することが可能になります。ふたつめは授業で得られる経験の質と量の点で、いろんな参加者が各々の経験を持ち寄ることで、結果的に幅広い分野でたくさんの経験が共有されるでしょう。みっつめは時間で、これはMBAの学習経験が2年間だけのものから、生涯に渡ってつづくものに変わるということです。

ところで、ウェブベースの会議システムは海外からの参加者に人気が高い、つまり英語のネイティブスピーカーでない人たちには、自らの考えを(口頭ではなく)文章にまとめるための時間を多くとれる会議システムのほうが好ましいと思えるのですが。この点について、何か否定的なフィードバックは寄せられていますか。

アンダーソン: あたりまえですが、わたしたちも決して順風満帆に進んできたわけではなく、相応の失敗をおかしたことがありました。しかし、すでにネットを使った授業を4 年に渡って続けてきているので、学習曲線のかなり上のほうまで達していると思います。毎週世界中から数百ものメッセージがウェブボードに寄せられていますので、すぐに大量の情報が溢れてしまいます。そこで、利用者が欲する情報を見つけ出せるように、一定のルールやそれを助けるツールをつくりあげなくてはなりませんでした。すべての情報に目を通すことができる人はどこにもいませんし、またオンライン・フォーラムの形式を作り替えるまでは、膨大な情報量に圧倒される人もたくさんいました。

デバリエ: タックの卒業生は、受講料を払わずにコース内容を「監査」することができるのですか。

アンダーソン: その通りです。これは当校が卒業生に向けて約束している生涯学習制度の一部なのです。私自身も、監査してくれる卒業生を「お金を払ってくれる顧客」とは見なしてはいません。むしろ学習の場での私のパートナーといったほうが良いでしょう。彼ら卒業生は、学生にも私にもいろんなことを教えてくれます。お返しに、私のほうからも彼らに何かをお教えします。もし卒業生から参加費を取るとしたら、ほんとうに優れた学習の場を築きあげることなどできないでしょう。

デバリエ: タックでは、エクゼクティブ教育プログラムでも、ウェブベースの会議システムを使っていると思うのですが。たとえば、そちらが日本の国際大学と共同で行っている試みに参加している、日本を代表する企業5社で働く人々との会議は、これまでどのように行われてきていますか。

アンダーソン: はい、ご想像の通りで、たとえば「グローバル2020」のような、通常のコースよりもっと国際化を指向するプログラムでは、最新技術をできるだけ有効に使っています。国際大学や日本からの参加企業とは、なかでも一番協力的な関係を築いてきていますけれども、しかしいっぽうで私は依然として「まだまだたくさん学ぶべきことがある」とも考えています。

米国の一ビジネススクールでウェブ会議システムが上手く機能しているからといって、それを 単純にそのまま日本に持ち込むことはできません。日本人のもつ商習慣やそのなかでのコミュニケーションというのは、西洋人のそれに比べて、ずっと微妙な、いろんなニュアンスに富んだものです。そんなせいか、この情報伝達媒体をもっとたくさんの目的・場面で使うというアイデアに難色を示す日本のかたも、けっして少なくありません。おそらく、自分の書いたことが誤って解釈され、それで人前で恥をかいたりしたくない。そう感じるせいかと思います。日本にいて、誰かと膝をつき合わせて話すのであれば、相手ときちんと話が通じているかどうか確認しながら会話を進めることができます。けれどもオンラインでは、なかなかそうもいきません。

ただ、やがて日本の社会・ビジネスの文脈にもっと合ったやり方でこの(ネット/ウェブという)媒体が使われるようになる、そのための方法を提供しなければならないと、私はそう信じています。

デバリエ: ウェブ会議システムのコンセプトを押し広げて、近い将来に他のコースでも利用するといった予定はあるのでしょうか。

アンダーソン: わたしたちは、いまちょうど、徹底的なカリキュラムの見直しをはか
っているところです。タックは世界でもっとも古い歴史をもつ経営大学院で、その「経営大学院」というコンセプト自体も私たちの先輩が1900年に発明したのです。来年–西暦2000年には百周年を祝いますが、それに合わせて21世紀のビジネスに対応するようデザインされた、新たなカリキュラムが導入されます。この新しいカリキュラムとともに、私たちはあらゆる協同学習技術を授業に取り入れて、常に最先端を行く環境をつくっていきたいと考えています。ですから、ウェブ会議システムのコンセプトをもっと多くの場面で使っていくとは思いますが、しかし私たちは技術の利用にだけ焦点をあてるつもりはありません。私たちにとっては、テクノロジーは世界でもっとも優れた教育を提供するための手段であり、それを通じて学生と卒業生を結びつけ、学習のためのパートナーシップをつくりだすことが本当の目的なのです。つまり、特定の技術ではなくて、人間同士のつながりがいちばん大切というわけです。

デバリエ: 英国オックスフォード大のテンプルトン・カレッジならびにパリのHECスクール・オブ・マネージメントとの間で戦略提携した動機は、いったいどんなものだったのですか。

アンダーソン: 米国のビジネススクールが単独で(=パートナー校の協力なしに)世界レベルのプログラムを創り出すことは不可能だという認識があるからです。当校の教授・講師陣は、みな国際的な指向をもつ人たちで、実際米国以外の場所でも非常にたくさんの研究や、その他の仕事をしてきています。けれども、グローバルなビジネスの動向について、いつも最先端にあり続けようとすれば、これは異なった社会・文化的文脈のなかで動いているパートナーと協同して働くより外に、手だてがありません。したがって、三校それぞれが持つ長所は互いに補い合うものと、われわれは考えています。

また、もし世界的に活動する企業と仕事をしたいのであれば、わたしたちアカデミックな世界の住人も、他の教育機関との間で国際的な提携関係を機能させていくやり方を覚えなくてはならない、というふうにも考えます。テンプルトンもHECも欧州でもっとも格式の高いビジネススクールですし、彼らが私たちタックを戦略提携のパートナーに選んでくれたことを、とても嬉しく思っています。

デバリエ: 具体的に、三校はどのように協力しているのですか。

アンダーソン: 最初に力を入れたのは、「グローバル2020」のようなエクゼクティブ向けプログラムを一緒に開発すること、それと人の交流を行うことです。タックの講師陣の多くがHECかテンプルトンを訪れていますし、なかには両方行った人もいます。もちろん反対に、両校からもたくさんの先生方や大学院生を受け入れてもいます。研究目的の協力関係も築いているところですし、各校がセミナーの研究結果を他校に公開してもいます。こうした関係を発展させて、ゆくゆくは、互いに他校のもつ知的資源を自校のそれと同じくらい気軽に利用できるようになること。それが最終的な目標です。また三校の研究者全員に、個人的なつながりができることも希望しています。それが実現すれば、全体として他に比肩するもののない知的資源が生まれてくるからです。

デバリエ: 授業に取り入れられそうな次のデジタル技術は、どんなものですか。タックでは、どんな計画が検討されていますか。

アンダーソン: 現在ほとんどのクラスで、ペーパーレスの環境へと急速に向かっている最中です。それで、新しいレジデンス・ホールのなかには、最先端の設備を備えたスタジオと「デジタルな教室」を設置する計画が進んでいますが、これは2000年秋にオープンの予定です。そうなると、学生は自らのアイデアをカタチにし、インターネット経由でそれを配信するためのツールを与えられるでしょうし、また全員がオーディオ/ヴィデオを駆使したプレゼンテーションの作成方法も習うことになるでしょう。

すでに、学生たちは授業中にもラップトップPCを使って、ウェブにまとめられてある私の講義ノートにアクセスしていますが、そのウェブサイトには、関連する他のサイトへもリンクが張られていて、授業中/後に、そうした情報も見られるようになっているのです。さらに、今年はインスタント・メッセージ・システムも使っており、それで学生たちは互いに尋ね合ったり、教授に質問してきたりもしています。とくに海外からの学生はこれが気に入っているようで、考えを丁寧にまとめる余裕があるのが有り難いといっています。いっぽう、まだ充分な議論がなされていない、あるいはもっと知りたいことがあるという時に、別の話題に移ってしまうことも、非常に頻繁にあります。まあ、これもギブ・アンド・テイクのひとつで、しかたのないことなのでしょう。

デバリエ: ちょっと想像を膨らませてみると、ゆくゆくは、人気の高い教授がちょうどテレビのニューズキャスターのように「アンカー役」をつとめ、提携する大学間を結んだネットで、ウェブ会議システムを使った授業を行う日がくるとも思えます。そのときには、世界各地からアクセスしてくる参加者は、とくにある大学に学生として登録している必要もなく、それでも専門分野の教育を受けるために関連するコースを受講できる。そんなことも思いつくのですが、このアイデアは少し現実味に欠けると感じられますか。

アンダーソン: いえ、そんなことはまったくありません。教育の形態はいまよりもっとモジュラー化するでしょう。それで、学生はタックに在籍しながら、多くの別の場所で行われている授業を組み合わせて受講することができるのです。しかし、教える側からすれば、世界中にいる数百人の人に講義ができるようになったとしても、実際に手取り足取り教えられる人の数は、依然としてほんの僅かなものでしょう。タックの学生が受けているようなキメの細かい指導は、やはり学内で、フルタイムで勉強するMBAの学生しか得られないものです。そしてこれこそが、優れた教授陣がどこかの大学院を拠点として活動する意味がある、その理由だと思います。

たとえば、私のもつ専門知識を活用したい人には、ただMBAのコースを受講するだけでなく、ネット経由で私の設けている個人ポータルサイトにアクセスして情報を得るといったやりかたもあるのではないかと考えています。実際に”www.philipanderson.com”という個人サイトをつくって、企業で働く方たちに知識を提供し、また彼らと交流を計る予定でいますが、ただこれは本来の学校で教えることとはまた別のものとなるでしょう。

デバリエ: あなたがタックで教えられているコース、「情報テクノロジーと競争力からみた企業の位置付け」そして「インターネットのコンテンツ製作ヴェンチャー企業の運営管理」のふたつは、それぞれ企業管理者向けにデザインされたもので、技術的な専門知識はなくとも受講できるものですね。そのうち片方が「原則」に目を向けているのに対して、もう片方は「現場での適用」を重視しているように見えます。

「情報テクノロジー」のコースで問いかけている主題は、「どうすれば情報が価値を生み出し、それが他社との差別化につながるのか」ということでしょう。

その答えを、できれば100語以内で記していただきたいのですが。インターネット上
では、どんな情報システムを構築すれば、際だって競争力に富んだポジションを獲得することができるのでしょうか。

アンダーソン: 答えは「乗り換えコスト」が高くなるシステムか、あるいは大規模なネットワークのうちに内在する利点をうまく生かしたシステムをつくる、ということです。たとえば、利用者の好みを覚え、それに合わせて発展していけるシステムというのは、使う側にとっての乗り換えコストを作り出します。サーヴィス提供者を訓練して、自分の必要なものを提供するようにさせる。いったんそれに成功してしまうと、新たなヴェンダーに乗り換えたときにユーザーは再び訓練を施さなくてはなりません。そうしたこともあって、ネットワークの場合には、一番先に臨界数量に達したものがたいていは勝利を収めています。一例をあげると、ある市場セグメントが充分発達してしまえば、あとはそのことによって新しいユーザーが集まり、それがさらに多くの数を生み出すという、一種の継続的循環が起こります。

デバリエ: あなたは「情報システム・・・」のコースのなかで、幾つかの議論の場を設けて、「どうすれば企業は、情報の非対称状態を取り除き、またはそれをつくりだして、価値(と利益を)増大できるのか」というテーマを探っていますね。

ここで、代表的なウェブサイトを取り上げながら、もっとも効果的にこの非対称状態
を利用している企業の話をしていただけますか。

アンダーソン: わかりました。たとえば、自動車を扱うEdmunds ( http://www.edmunds.com/)のようなサイトは、すべての買い手が商品の品質と取り扱いディーラーの費用を知ることができます。同じようにShopper.com ( http://www.shopper.com やBottom Dollar (http://www.bottomdollar.com/) などのサイトでは、ネットが出てくる前にはもっとも事情通の買い手しか知らなかったような価格情報を、どんな顧客でも得られるようになっています。こうしたサイトが情報の非対称状態を取り除いたために、いまでは買い手と売り手の双方が取引にまつわるすべての情報を握っているのです。以前には、どちらか一方が相手より多くの情報をもっていたのですが、そういうことがなくなりました。

これとは逆に、Amazon.com ( http://www.amazon.com)やMovie Critic ( http://www.moviecritic.com/)では、ユーザーの許可を得たうえで各々の好みを知るというやりかたで、情報の非対称状態を作り出しています。そうすることで、顧客との間に個別の関係を築いていない他の業者とは同じ土俵で戦わなくて済むようにしているのです。

デバリエ: どんなクライテリアをもちいて、学生たちが授業の一環として製作するウェブサイトの質を評価しているのですか?

アンダーソン: ちゃらちゃらした画像や流行(はやり)のプログラミング・テクニックなどは、もちろん関係ありません。興味を惹くメッセージが載っていて、忙しくて時間のない読者でもそれを素早く読みとれるようなつくりになっているサイトが、私には素晴らしいと思えます。内容を記す文章の質の高さや、それがどのように構成されているかといった点も、重要な鍵となります。

デバリエ: ディスカッションの流れを面倒見る「陰の教授陣」の人選は、どうしていますか。

アンダーソン: まず年度のはじまる秋に、タック卒業生の全員へメッセージを送ります。そしてボランティアで協力を申し出ていただいた方と、彼らの専門知識の分野にいちばん相応しそうなテーマとを組み合わせるのです。

デバリエ: タックの卒業生ではないが、現実のビジネス社会で素晴らしい経歴をもつ、とりわけネットマーケティングの分野では著名な人物を「陰の教授」として起用しようと考えたことはありませんか。

アンダーソン: そう考えたこともありました。が、いまのところ私の教えるコースはタックのコミュニティーに限られたものなので、陰の教授もやはりタックの出身者にお願いしています。たとえば、カート・デイヴィス氏(http://www.syspac.com/~cdavis/noframes.html を参照)には、まず守秘義務契約を交わした上で、陰の教授陣に加わっていただきましたが、おかげで非常に多くのことを彼から学んできています。これからも彼のようなエキスパートを選り抜きにして、私たちのコミュニティに招くつもりでいますし、もしかしたら将来より多くの利用者に対してウェブボード・システムの一般向けのものを公開するかもしれません。

デバリエ: 「ネット・マーケティングなんて、たいていが誇大宣伝で、またネットビジネスは上手くいかないだろう」と、ちょっと前までは、そう云うコメンテイターがたくさんいました。けれど現実にはネット上での売上高の増加は指数関数的な伸びを示しており、小売業に携わる人たちはみなこの流れに乗じようと次々に参入してきています。私はこれまでずっと、インターネットは日本の不可解なほど入り組んだ流通の仕組みに風穴を開け、世界レベルの高い品質をもつ製品を適正な価格で消費者にもたらす手段となると信じてきたのですが、実際にいまそうしたことが起こっています。かつては正規のディーラー網でしか扱えなかった日本車も、いまでは目端の利く起業家がつくったウェブサイトで取引されています。ただし、いっぽうには、セキュリティと信頼性というふたつのことが、日本の消費者にとっては大きな懸念の的として残っています。

将来に目を向けた時、インターネットが従来の商品売買の分野の在り方を根本的
に塗りかえるという意見に対して、どのように考えられますか。小売り客相手のデパート、書店、レコード店、その他の商売というのは、ゆくゆくは荷馬車や鯨油のように時代遅れのものとなってしまうのでしょうか。

いろんなネットビジネスが発達した今になって、改めて気付くのですが、現実の書店で本のページをめくってみるという経験は、他に代え難いものだと思います。しかしながら、そうした現実の小売店のうちどれほどのビジネスが今後も生き残っていくかとなると、どうも自信がもてなくなります。いっぽうには amazon.comのような驚くほど効率の良いサイバー・セラーがいるのですから….

アンダーソン: 現実には、米国のトレンドは、E・コマースから出発した企業が店舗や倉庫など物理的な拠点を持ち始め、いっぽう既存の業者は逆にネットに進出するという方向へ進んでいます。ですから、amazon.comがそのうち書店チェーンを買収したとしても驚いてはいけません。これからほんとうに問題となるのは、いつどんなときにも顧客が望むようなやり方で商品・サービスを提供できるかどうかということなのです。どんな場所にいてもほしいモノが手に入るとなれば、これは顧客にとって明らかに便利ですから、商売をそういうふうに変えていくべきなのです。

また物理的な実体のあるお店が、今後も顧客を引き留めようとすれば、それは「エンターテイメント・センター 化」せざるを得ないと考えています。米国最大のショッピング・センター「モール・オブ・アメリカ」(http://www.mallofamerica.com/M) は、ミネソタ州ミネアポリスにあるのですが、そこは小売店の集合体というよりも、ある種のテーマパークといったほうがピタリときます。これからは、そうした物理的なショッピング・センターに脚を運び、あるお店に入ると、これまでと同じように現実の棚を見て回ることもできるし、あるいは店内に設置されたネット端末でオンラインショップをのぞいて、もっと幅広い品揃えのなかから好きなモノを選ぶこともできるというふうに、両方の選択肢があるようになるでしょう。

さらに、どんな仕掛けが出てこようと、日本人の消費者はいまと同じく極めて質の高い顧客サービスを要求するはずです。またオンラインショップ側は、顧客一人ひとりに応対するために、人間の係員を配置する必要もでてきます。手助けが必要な顧客がウェブページのボタンをクリックして、係りの人を呼び出せる、というふうにもしなくてはならないからです。

デバリエ: 近い将来、ある社会的な問題が生じるのではないかと考えています。それは、低所得者層の人々がどのようにしてコンピュータ及びネット接続機器を使う機会を持てるかということと関係することです。一例をあげると、ビジネススクールへの応募書類提出はいま、オンラインでも受け付ける方向へ進んでいますが、これが行き渡ると、そのために専用のソフトウェアを買う必要が出てきて、財布に余裕のない志願者には、それだけ負担が増すと思えます。

こうした問題は政府が何とかするべきことだと思いますが、あなたのお考えはいかがですか。

アンダーソン: そうした問題の多くが市場の力で解決されると思います。米国では、無料のネットアクセスとか、アクセス料を払う利用者には接続用にパソコンを無料で貸し出すといったサービスを提供している会社が多くあります。社会の貧しい層の人たちというのは、実はオンラインのサービス・プロバイダーにとって魅力的な市場なのです。ネットを拠点とした企業は、物理的な拠点をもつ競争相手よりも低価格が売り物のことが多いのですが、そんな彼らのサービスと、ふつうは値段によりシビアな懐に余裕のない顧客のニーズが、うまく合致するからです。

しかし、それ以外はあなたの考えに賛成で、民間企業の形成する市場がやってもうまくいかない部分については、政府が関与して社会的に受け入れられるような解決策を提供すべきだと思います。

デバリエ: それとは逆に、別の面からみると、ネットは大きな機会均等化の力をこれまで持ち続けてきたともいえます。起業家の興した小さな会社が、優れた製品、信頼のおけるサービス、価格競争力、訴求力のあるウェブサイトなどを手に、巨大な競争相手–ウェブサイトの設計に何百万ドルも費やせるような大企業–を相手にして、互角に戦ったり、時には相手を出し抜いたりできるわけです。

しかし最近の流れとしては、ネット上でも企業の再編統合や提携が進んでおり、グローバル化する経済の他の分野で起こっているのとよく似た現象、つまり「地球規模の複合企業体の出現」とも呼びうるものも見られます。大きなものはもっと大きくなり、そしてディズニーのような既存のメディア企業もネットへ参入してきているわけです。

こうした流れが、小さくても有望なネット・ヴェンチャー起業から、成功のチャンスを奪ってしまうのでしょうか?

アンダーソン: そうは思いません。ご指摘の通り「大きな企業はもっと大きく」なっています。が、規模が大きくなるとどうしても自ら革新しようとする力も弱まるものです。ですから、そうした大企業は、素晴らしいサービスや技術を発明した小さなネット・ヴェンチャー起業を買収しなくてはなりません。インターネットはこれまで非常に多くの起業家を惹き付けてきています。二種類の成功するチャンスがある、つまり株式公開で創業者利益を得るか、大企業による買収を受けて売却益を得るチャンスがあるからです。

デバリエ: あなたの講座「情報テクノロジーと競争力からみた企業の位置付け」には読書文献リストがあり、そこには次のような書籍が含まれていますね。

・”The One to One Future : Building Relationships One Customer at a
Time” by Don Peppers and Martha Rogers

また、当方の技術担当者と私は、以下のような書物もお薦めだと思います。

・” Information Rules: A Strategic Guide to the Network Economy ” by Carl Shapiro and Hal R. Varian
・” Unleashing the Killer App: Digital Strategies for Market Dominance ” by Larry Downes and Chunka Mui
・”New Rules for the New Economy : 10 Radical Strategies for a Connected World” by Kevin Kelly

ネットワーク経済を知るための本で、この他にお薦めのものがありますか。

アンダーソン: ええ、たくさんあります。ちょっと書き出してみましょう。

・” Internet World Guide to One-to-One Web Marketing ” by Cliff Allen, et. al.
リレーションシップ・マーケティング戦略を実践されている方には、とても実用的でためになる本で、良い実例がたくさん紹介されています。

・” Essential Business Tactics for the Net ” by Larry Chase
各ビジネス分野での最良の実例が知りたいのでしたら、この本のなかにどっさりとあります。このタイトルに偽りはありません。これは(戦略ではなく)戦術について書かれた本ですが、優れたウェブ・ベースのビジネスについてその実状を示している点では、もっともよくできたものです。

・” StrikegItRich.com ” by Jaclyn Easton
おそらくあまり耳にされたこともない、けれど独自性の高いウェブサイトをたくさん採り上げて、上手に紹介してあります。

・” Permission Marketing ” by Seth Godin
“opt in”と呼ばれるマーケティングについて、非常に詳しく記されています。カヴァーしている範囲は狭いのですが、この主題について書かれたもののなかでは一番よくできています。

・” Net Worth ” by John Hagel,Marc Singer
「どうしてインフォメディアリー(情報仲介業)というビジネスが登場し、顧客のエージェントとしてその利益を代弁する存在になるか」ということを、上手に説明しています。

・” Net Future ” by Chuck Martin
IBMでの勤務経験をもつ著者は、興味深い考えと素晴らしい実例を、全体に渡って記しています。今後カギとなるトレンドがビジネスの戦略的な面でどんな影響を及ぼすか、そのことについて考えるための「思考の糧」と言えましょう。

・” Data Mining Your Website ” by Jesus Mena
どちらかというと技術的な内容で、テクノロジーはどんなものかという把握がすである人向けです。データ・マイニングに関するツールの仕組みを詳しく教えてくれます。

・” Opening Digital Markets ” by Walid Mougayar
この本の長所は、ヴァリューチェーンを作り替えることについて焦点を当てているところでしょう。

・” The One to One Fieldbook ” by Don Pepper, Martha Rogers
ペッパーズとロジャーズは「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」という言葉を編み出したコンビで、 彼らのサイトはそのテーマに即した最新の資料を網羅するトップクラスの情報源です。この本のほうは、とても実用的で、「ワン・トゥ・ワン」の実施方法に力点が置かれたものです。

・” The Great Marketing Turnaround ” by Stan Rapp, Tom Collins
インターネットについて書かれた本ではないのですが、ワン・トゥ・ワン・マーケティングに関するもののなかでは、いまだにいちばんの書物だと思います。

・” Digital Darwinism ” by Evan Schwartz
7つのネットビジネス戦略について記されています。薄い本ですが、各戦略について長い実例の解説が附されていて、いろいろと考えさせられることの多い内容となっています。

・” Customers.com ” by Patricia Seybold
もし「一冊しか読まない」というのであれば、この本がいいでしょう。ネットマーケティングについての最良の書です。

・” Cyber Rules ” by Thomas Siebel, Pat House.
著者のシーベルは、セールス部隊を自動化するためのシステムを構築する会社を興し、業界を代表する企業に育てた人物です。この本の美味しいところは、セクション2で、6つのカギとなるトレンドを採り上げ、それが及ぼす影響について記しているところでしょう。「必読の書」というわけではありませんが、考えさせられることの多い内容です。

・” The Search for Digital Excellence ” by James Ware, et. al.
著者はUCバークレーの教授たちで、本書は複数の優れたケース(実例)に対する興味深い洞察と、計画策定にあたっての基本的かつ具体的なチェックリストとが混在したものです。

デバリエ: あなたは(ヨシムラ・ノボル氏と共同で)”Inside the Kaisha: Demystifying Japanese Business Behavior”という書物を著されていますね。読んでみての私の感想なのですが、以下の三点の理由で、とても魅力を感じました。

非常に読みやすい
私自身の経験したことと重なり合う部分がある
改めて教えられる部分もある
個別の事象について私は違った呼び方をしていたのですが、日本企業で働くことについての見方は、あなたのお考えとまったく一緒です。そもそもどういうきっかけで、この著作に携わったのですか。

アンダーソン: かつて、MBAの一年生たちに向けた組織論の授業のなかで、日本式経営というものについて教えようとしたことがありまして、その時日本からの学生や、そうでなくても多少は日本式経営についての知識を持ち合わせた他の学生を満足させられるような説明がうまくできなかったのです。そのことに自分で満足できずにいたところ、ヨシムラさんが私のオフィスを訪ねてきて、以前ご自分が国際基督教大学に居た時書かれた卒業論文を見せてくれたのです。それは外国人にとって日本の商習慣がどうしてそんなに判りづらい矛盾に満ちたものに見えるのか、その理由を説明しようと試みた論文でした。私がそれまでに目にしたなかで、彼の論文は最も鋭い洞察力で日本式経営を描き出したものと思えましたが、しかしそのままそれをMBAの学生たちに判りやすく伝えることは、まだできませんでした。そんなわけで、もっと独自の調査を行い、それを元にして本をまとめる必要があるとの結論にいたったのです。幸い、バーバード・ビジネススクール・プレスがこの企画に乗ってくれて、”Inside the Kaisha”が出版の運びとなりました。

この本の編集にあたられたキャロル・フランコ、マージョリー・ウィリアムズ、ニコラ・サビンは、ほんとうの意味で「何をすべきなのか」が判った人たちです。つまり、それまでにもたくさん日本式経営に関する書物は出されていましたので、さらに同じテーマのものを、それもまったく執筆経験もない人間に任せるなんて、きっと彼らの同僚たちには気違い沙汰と思われたのではないだろうか、ということです。

デバリエ: この本に取りかかられたのは、ちょうど日本が「バブル経済」の頂点に達したか、あるいはそれが弾けて間もない90年代初期のことではなかったかと思います。そしていま、日本では産業界でリストラが進行中ですが、それは未だに「氷山の一角」に過ぎません。この国で何かの変化が起こる時には、かならず独特なヒネリが加えられ、それによって新たなものを受け入れることが容易になりもします。けれど、それにも関わらず、たくさんの社会的な苦しみを伴わずに、抜本的なリストラを成し遂げるというのは、ますます困難になっていくでしょう。

もし今日”Inside the Kaisha”に手を加えるとすれば、どこか書き直したり、更新する部分というのは思いつきますか。また、リストラが日本のサラリーマンの考え方や行動を変えると思いますか。

例:これまでは終身雇用制度と転職率の低さとが相まって、所属企業に対する労働者の忠誠心が養われてきていました。そのことが、いっぽうでは終身雇用を維持しようとしながら、同時に少しずつそれをなくそうとしている日本人の行動を説明する理由のひとつでもあります。もしこういうやり方がけっきょく上手くいかなければ、その時にはおそらく「集団への信仰」は失われ、代わりに「個人主義を増長させるような気運」が高まるでしょう。すでにその兆候は現れていて、とてもたくさんの人たちがこれまでの「会社」という居心地のよい繭のなかから飛び出しており、これまでの行動モデルに変化をもたらしそうな気配もあります。

アンダーソン: 私たちが本のなかで記した、日本の商習慣を説明するための土台となる原則は、私が生きているうちは変わらない、つまり変化するにはそれだけ長い時間がかかるものだと思います。もちろん個別な事柄のやり方については、これまでとは違ったものが社会的に受け入れられることもあるでしょう。しかし、サラリーマンの基本的な人間付き合いのしかたが、そう変わるとは思えません。

ヨシムラさんと私は、本の日本語化権を米国の出版元から押さえてありまして、内容をアップデートした最新版を出版してくれる日本の出版社を捜しているところです。また、オリジナルでは、二十歳代、三十歳代前半といった若い世代の人が、上の世代とどう違うのかについては、ごく僅かしか触れていませんでしたので、この部分は書き加えたいと思います。さらに、日本の経済危機が、どうしてこうも克服しがたいものなのか、あるいはどうすれば日本企業が変化に適応して、未来を作り出すことができるのか等の話題についても、詳しく記したいと考えています。

デバリエ: 現在そのほかに取りかかられている書物はありますか。

アンダーソン: はい、あります。タックでの同僚で”、Global 2020″プログラムのデ
ィレクターを務めるVijay Govindarajan氏とともに、新しい本を書いているところです。「どうすれば、企業が己の属する業界をひっくり返すような全く新しいビジネスモデルを柱とする組織に生まれ変われるか」というのが、この本のテーマです。これまでも、デル・コンピュータ、ソフトバンク、ヤフー、SAPなどを引き合いに出し、「ゲームのルールを変えるんだ」といったことが、経営に携わる人たちに向けてきりもなく語られてきています。しかし、そういうお手本となる企業が本当に斬新なビジネスモデルを考えつき、それを実行に移した経緯については、誰も語っていません。私たちはこの問題に取り組むための調査を現在実施しているところです。

そうした次第で、もしこのインタビューをお読みのみなさんのなかに、米国以外の企業で斬新なビジネスモデルを導入した、あるいは新しい業界をつくりだしたという例をご存じの方がいらっしゃれば、是非お教えいただきたく思います。そういう方は、私のメールアドレスPhilip.Anderson@Dartmouth.eduまで是非ご連絡ください。

[翻訳版:99/10/06]