アントレプレナーシップをめぐって
INSEAD教授Dr. Daniel F. Muzykaとのインタビュー






INSEADについて
パリ郊外フォンテンブローにあるINSEADのMBA(経営学修士)は、あらゆる面で世界のトップクラスのプログラムです。さまざまなMBAプログラムのランキングで常に上位を占めていますが、特に1995年6月号のドイツ「キャピタル」誌ではヨーロッパNo.1のMBAプログラム、また翌年9月の「タイム」誌上でも同様の評価を受けています。1959年の設立以来INSEADでは正統的なインターナショナル・ビジネスプログラムを生み出すことに傾注してきました。その国際性の豊かさには定評があり、約480名の学生は実に多様な国籍の人間から構成されています。

INSEADのカリキュラムは革新的かつよくバランスのとれたものであり、講義、グループ・プロジェクト、ケーススタディ、ビジネス・シミュレーションゲーム、企業へのコンサルティング・プロジェクト、ロールプレイなどをミックスしながら、実際のビジネス社会をシミュレーションして学んでいくものとなっています。さらに学生の多様性(diversity)や、それぞれの異なるビジネス/文化的な見方を交流させ、それらを最大限に活用して問題解決に役立てられるよう、スタディ・チームが組織されています。こうした努力により、INSEADはほんもののインターナショナルなMBAプログラムを学生に提供する点で、ペースセッターとなっています。

Dr. Daniel F. Muzykaについて
Dr. Muzykaは、現在INSEADでMBAプログラムの准学部長、そしてIAFアントレプレナーシップの教授を勤めています。INSEADではアントレプレナーシップとコーポレート・ストラテジー(特に成長中のビジネスに関する企業戦略)を研究し講義を行っているほか、コンサルタント兼講師として多く企業やエグゼクティブ・エデュケーション・プログラムでアドバイスを行っている。同氏は、ゼネラル・エレクトリック(GE)社において財務およびコーポレート・ストラテジーの分野で経験を積んだ後、米国ボストンのブラクストン・アソシエイツ(Braxton Associates)などでストラテジー・コンサルタントとして5年間を過ごし、さらに自ら起業家として事業を起こした経験もお持ちです。

ウィリアムズ・カレッジ(Williams College)より天体物理学学士号、ペンシルバニア大学ウォートン校より経営学修士号、ハーバード・ビジネス・スクールより経営学博士号を取得。出版論文には「アントレプレナーシップの定義と概念−プロセスからのアプローチ」(N.C. Churchill氏との共著)、「好機を認識する−ベンチャーキャピタルから学ぶこと」(J.A. Timmons氏との共著)、「マーケティングとアントレプレナーシップ」、「アントレプレナーの意志決定−インサイド・ブラックボックス」などがあり。

アントレプレナーシップの隆盛、成功する起業家・・・

インターフェイス(以下”Interface”):
ビジネススクールの授業のなかで、アントレプレナーシップ関連のものに人気が集まるようになりました。なんでこの流れが生まれてきたでしょう?

Dr. Daniel F. Muzyka(以下”D.M.”):
これは需要と供給双方の問題です。 MBAの学生は、これまでも常にアントレプレナーシップの授業(十数年前には「スモールビジネスに関するコース」と言われていたもの)に関心をもっていました。一流のビジネススクールには、必ずオーナー経営者を夢見る学生が数多くいます。現にINSEADの卒業生のうち30〜35%の人が、その後オーナー経営者になっています。ですから、この流れはより長期的なものと言えます。また、伝統的な企業構造の外側で自らの志を実現しようとするほうが、各々のキャリアにより多くの価値をつけ加える(また多くの価値を生み出す)ことができると感じている学生は、今日のほうがより多く存在すると思います。

さらに最近の学生の多くは、個々のキャリアにより高い価値を見いだすためには、従来の企業体制を超越した環境において自分の志を目指すことが重要だと考えています。このような考え方は一般的なものでもありますが、近年みられる従来の雇用制度の崩壊(例えば、リエンジニアリング、ダウンサイジングなどに見られるような企業側の、社員に対する忠誠心の減少など)や、新たなビジネス・チャンスがよりオープンな環境で可能になった(例えば、リスク資本の供給によって大企業でなくても大きなビジネスチャンスを得ることが可能になった)ことも学生の進路・方針を大きく影響していると思います。

教育の供給側としては、世界中のビジネスクールでようやくアントレプレナーシップが一つの学問分野として認められるようになり、講義を開催し始めている状況です。研究者の中では既に15年ほど前からこの関連の研究を進めており、その時点から新しい学術誌の発行や学会などが開催されてきました。にもかかわらず、今になってようやく講義を用意しはじめている教育機関は少なくありません。

Interface: 最近のベンチャービジネスの多くはハイテク産業にあると考えてよろしいでしょうか?

D.M.: 実は、ほとんどのベンチャービジネスがハイテク関連ではないのが現状です。私はよく「平凡さにも美がある」と生徒たちに教えます。そしてINSEADの多くの卒業生は、ハイテク以外の好機を求めてビジネスをしています。特にヨーロッパでは流通、小売、消費者製品など、ハイテク以外の分野に多くのビジネス・チャンスがあります。ベンチャービジネスは必ずしもどこかの倉庫で最新のコンピュータを用いて始めるものではないのです。このような見解は米国のベンチャービジネスに対する型にはまった見方であり、また、いくつかのハイテクベンチャーの高度成長率にばかり注目するマスコミによるものではないでしょうか。

インターフェイス: 学生はアントレプレナーシップの勉強と情報産業の勉強を両立するべきでしょうか?

D.M.: 技術系の勉強は、ハイテク産業におけるビジネス開発を志していない限り、特に必須ではないと思います。また、仮にハイテク関連のベンチャービジネスを目指していたとしても、技術系の人材がマネージメントチームにいれば、特に理数系でなくても経営に大いに携わることができると思います。

インターフェイス: 起業家としての成功の要素は何だと思われますか?

D.M.: これは簡単な問題ではありません。まず、成功はいくつもの要素からなるものですが、これは業種にも依ると思います。その中でも、有能な起業家と経営陣、ある特定の顧客に明確な付加価値を示せること(経常利益が好調に伸びていることなど)、投資家および経営陣に魅力的な機会を増大すること(好調な利益など良好な経営背景を示唆する比較的ユニークな商品など)、そしてある一定の期間、同じ商品の激戦渦がない分野において投資価値が増大されるものであること(分野への参入後に競争への障壁が見込まれる分野)などがあげられます。この他にはもちろん、適切な能力、人材、物資、流通、基礎技術などが重要な要因となります。

インターフェイス: 上記の項目の中で、起業家が一番見落としやすい要素は何でしょうか?

D.M.: 起業家たちが新しい分野で、新しい競争が見込まれる環境下での高利益の取得をどれくらいの期間持続できるかという判断を間違えることが最も多いのではないでしょうか。私はビジネスが高利益を上げられる期間を「好機の窓(window of opportunity)」と呼んでいます。すべてのビジネス・チャンスは、いずれ多くの競争を招きます。問題は、事実上の競争が起こるまでにどれくらいの期間があるか、です。

次に、起業家たちの多くは顧客のニーズを充分に把握していません。新規ビジネスを始める時に、「この新しい市場のわずか1〜2%を占めれば良い」などと思っている人は、大変な間違いを犯していると思います。ある特定の顧客のニーズ、投資規模などを充分に判断した上で、ビジネスケースを組み立てるべきだと思います。表面的な市場調査や専門家による市場予想だけに頼らないことです。まずは自己の市場調査と予想を立てた上で、専門家のものを参考にしてほしいと思います。

起業家と地域特性、社会文化・・・

Interface: EU、米国、アジア地域におけるベンチャービジネスの成功・失敗率は?

D.M.: このような広い地域における企業動向の比較調査はあまりないので、これは大変に難しいご質問です。広範囲の経済統計を用いてよく「新しいビジネスは最初の5年間で9割がつぶれる」と言われます。しかし、これは誤解を招く統計だと思います。確かに、近所の薬局やクリーニング屋など、すべての小企業を含む統計をとればこれは正しいのかもしれませんが、高度成長産業における新規ビジネスはこの統計とはほど遠いものです。逆に小企業を含む全ての新規ビジネスの中では、失敗率は最も低いと思います。

Interface: 台湾、香港などに在住する華僑が特に起業家として成功を収めている印象がありますが、これについてどう思われますか。また、彼ら独特の資質とはどのようなものなのでしょうか?

D.M.: 華僑は起業家として大変有効なネットワークを持っています。彼らの成功の一要因は、起業家だけではなくベンチャー投資家としても活躍している点だと思います。投資家としての華僑は起業家と投資機会を常に求めています。また、かなり大胆でかつ大らかなリスク・キャピタルを用意しています。また、彼らのネットワークを通して卸業者、流通業者、顧客などとコンタクトできるのも大きなポイントです。起業家としての華僑は、仲間のネットワークを通して投資が得やすいうえに、こうしたその他のアクセスがあるわけです。

いくつかの研究では、華僑は一般にアントレプレナーシップにとって重要であると言われる資質をもつことも明らかになっております。また、華僑の人々自身、起業家としてのビジネスのやり方が最適であると考えるようです。多くの場合、彼らは経済的・文化的背景を理由に従来の大企業型ビジネスに入りたくない、あるいは向かないと考えているのです。

Interface: 起業家には文化的、社会的要素がどれだけ必要でしょうか。成功している起業家は文化によって違いますか。例えば、フランスの起業家はフランス文化特有の能力を必要とするのでしょうか?

D.M.: 起業家を志す理由、また目標とする起業家などの違いは多少、文化によって差があります。しかし、概ね起業家としての行動はあまり変わりません。文化の差が鮮明に現われるのは起業家に対する信念と支援です。例えば、ある文化もしくは社会によっては失敗は認められません。ところが、新たなものを目指す起業家は必ず失敗を覚悟しなければなりません。多くの場合、起業家は何回かの失敗を経験してから、後のベンチャーで大変な成功をおさめます。無論、日常の経営においても小さな失敗はつきものです。ですから、社会が失敗に対して理解を示さなければアントレプレナーシップにも理解を示せないのです。別の文化では個人が何かの機会を追うために目立つことが許されません。このような社会では既成概念を越えることはしてはいけないのです。こういった社会ではアントレプレナーシップはあまり育ちません。アントレプレナーシップを支援するか、しないかについて文化や社会は大きな役割を担っています。

INSEADのカリキュラムとそのねらい・・・

Interface: 教育者としてアントレプレナーシップについて講義をする場合、起業家としての経験はどれだけ重要なことでしょうか?

D.M.: 起業家やリスク投資家がどのような行動をとるのかを経験することは非常に重要なことだと思います。実際、現在教鞭をとっている教授の多くは起業家、あるいは投資家としての豊富な経験を有します。例えば、私もマイクロコンピュータソフトのビジネスを始めた経験があります。また、別のベンチャー企業の役員を務めていますし、ベンチャー投資も行なっています。この様な経験は起業家の仕事を知る上で、なくてはならないものだと思います。さらに、確立した理論や学説が少ない分野ですので、経験をもとにした講義内容は学生にも受け入れやすいようです。

Interface: INSEADでは、ベンチャー企業への融資、起業家入門、ベンチャー企業の起業と拡大、新しいベンチャーなど、アントレプレナーシップについての数多くの講義を用意されています。現在の講義構成の変更、あるいは新規講義の設立などの予定はありますか?

D.M.: 当校ではアントレプレナーシップに関連する講義構成や内容は教授陣の専門分野、そして参加者の要望などに合わせて常に変更・改良しており、現在の構成もいずれ変わることと思います。例えば、以前は大企業におけるベンチャー事業についての講義を行なっていましたが、これは将来、再び導入されると思います。内容が常に進化・変化していきますから。

Interface: アントレプレナーシップの研究は主にケース・スタディ、ベンチャー企業への訪問、そしてプロジェクト・ワークを中心に行なわれると思われます。これには同意なさいますか?また、INSEADが提供する企業家精神の講義には、こうした実質的な「生きた」観点がどのように反映されているのでしょうか?

D.M.: 簡単にいえば、イエス、そうだと思います。当校ではグラフや数式を使って理論を教えることにはあまり力を入れてません。企業家精神とは、不確定なビジネス・チャンスを探求していくことだと思います。これにはビジネスチャンスの性質、起業家自身の性質、起業プロセスの性質、必要資源の性質とその管理など、さまざまな要素を理解することが必要です。したがって、我々はこれらを理解するために色々なテクニックを用いるわけです。ケース・スタディ、プロジェクト、講師、ビジネス・プランなどがこれに当たります。あるコースでは、生徒は自分で選んだ現実のビジネス・チャンスについてのビジネス・プランを立案することによって、こうしたことを学習します。別のコースでは、企業の成長過程で起業家が遭遇する様々な問題を学習しますが、ケース・スタディを時系列的に展開して勉強する方法がとられます。アントレプレナーシップ・起業家本能を教えることは、私たちにとっても大変勉強になるのです。

組織の成長とマネージメント・・・

Interface: 大企業におけるアントレプレナーシップ、企業が大規模経営を営むようになってからのアントレプレナーシップは、会社創立段階でのアントレプレナーシップとどのように異なるとお考えですか?

D.M.: このトピックは私にとっても、特に興味深いものです。大企業におけるアントレプレナーシップを、その他のアントレプレナーシップと区別したがる方もいらっしゃいますが、私の考えでは、別段区別をするほどの違いはないと思います。なぜそうした区別が必要なのかということを分析してみると、伝統的・階層的・組織的なシステムやプロセスと共存できる、何か特別なタイプのアントレプレナーシップを定義することが都合が良いからとも思えます。

しかし、こうした考え方はあまり支持されていません。特定の起業家を、非常に官僚的なシステムに重ね合わせること(純血のなかに雑種を混入させるようなもの)は、決して成功していません。結局、起業家も官僚主義者もフラストレーションが溜まるだけです。ベンチャー・ビジネスをスピン・オフすること、これは企業ベンチャーと呼ばれるそうですが、これも必ずしも良い結果が得られるわけではありません。たとえベンチャーをスピン・オフすることには成功しても、これらを再度統合することは困難を極めます。起業家がビジネス・チャンスをものにするための、つまりベンチャーが効果を現わし成功をおさめるための必要となるマネージメント・スタイルは、伝統的な企業組織と相入れない要素をいくつか含んでいます。

最終的には、大企業であろうが創業段階であろうが、アントレプレナーシップは同じなのです。もし大企業の中にアントレプレナーシップを持ちたいのならば、ビジネス・チャンスをものにできるように組織を改革すべきでしょう。そして、アントレプレナーシップは評価されるのだということを社員にきちんと説明すべきです。企業の中にアントレプレナーシップを取り入れるのであれば、私が言うところの「起業家企業」を作り上げなければなりません。

Interface: 伝統的な企業においてよく、厳正な組織、あるいは変革に対する抵抗などが指摘されます。しかし、アントレプレナーシップとは論理的にとらえても変革、または新しいことを示唆します。この矛盾を企業経営者としての起業家はどう乗り越えれば良いのでしょうか?

D.M.: 先程も申し上げましたが、これは起業家だけで達成することは困難です。企業側も変革を迎えなくてはなりませんし、好機を追求し、獲得する新しいやり方に対するオープンな態度が必用です。少数の起業家や変革者だけでは大企業を変える責任を担うことが出来ません。また、価値観、基準、行動や判断パターンなどを変えてゆくことにトップマネージメントも目を向けなくてはなりません。これは明らかに、ある好機を追求する起業家が単身で乗り越えられるものではありません。

大企業とその確立されたプロセスや基準は、大変な障壁となりかねませんが、そうした従来のシステムの枠にとらわれることなく、企業史上に功績を残した起業家もいます。IBMの初代PCグループ、ロッキード社の「スカンク・チーム」、アップル・コンピュータのマッキントッシュ・グループなどが良い例です。彼らの実績はもちろん、ある代償と既存システムとの一定の距離をおいて達成されたものです。さらに、このような功績を大企業の本流と統合させることの難しさなども指摘しておきましょう。

Interface: 教授の研究にはDecision Making Process(意志決定過程)が企業内におけるアントレプレナーシップの養成に最も重要な要素であると書かれてますが、具体的にご説明願えますか?

D.M.: 企業内での意志決定過程はアントレプレナーシップを養う場合もありますし、逆にそうした芽を摘み取ってしまう場合もあります。ここでいくつかの例をあげて、特に商品開発における意志決定過程がアントレプレナーシップに与える影響について説明しましょう。

まず第一に意志決定過程が好機の追求ではなく、資力の配分や給付に捕らわれすぎていると、アントレプレナーシップは根付きません。第二に、意志決定過程が年間計画などの型にはまりすぎていると、好機を逃してしまうかもしれません。第三に、意志決定過程が厳密な経営段層にもとづいていると、たとえある構想がボトム・アップのものでも多重のマネージメントに真のアントレプレナーシップが見失われてしまう危険性を伴います。意志決定過程が分散している企業こそアントレプレナーシップまたはその機会を最も有効にのばすことが出来ます。多少の自信に支えられて、個人やグループが新しいアイディアに挑むことができるのです。第四に、意志決定過程が手順にこだわりすぎていてもいけません。最終的にマネージメントは判断が正しいものであったかに目を向けるべきです。最後に、絶対に失敗を避けたり、それを処罰するような意志決定過程を歩む組織はあまり成功しないと思います。以上、意志決定過程がアントレプレナーシップに与える影響をいくつか述べました。

意志決定、業績評価・・・

Interface: 日本企業はその意志決定過程がボトム・アップであることで知られています。このシステムはトップ・ダウン方式と比較して革新的なビジネス・チャンスを促すものでしょうか?

D.M.: このような質問にお答えすることは大変難しいですし、ビジネス・システム全体について一般論を申し上げることはあまり適切ではないと思います。確かに日本の経営方式はいくつもの分野において革新に成功してきました。また、確かに日本ではボトム・アップの決定過程も行なわれています。このシステムは好機を認識し、つかむ上で多くの利点があり、その成果も大変尊敬に値するものだと思います。

しかし、ここで日本の経営者にしか答えられない、いくつかの設問をさせて頂きます。好機の追求に関して、日本の経営陣はコンセンサスを得るために大変な努力をしておられます。このようにコンセンサスを優先する経営方法は、あらゆる場合でも最も有効に好機を捉えることができるものでしょうか。ビジネス・チャンスによっては充分な資力、期間、そして独立性を与え、実験しながら発展していくものです。日本の企業形態においてはこれらの要素が充分に与えられているでしょうか。また、ある好機は組織の資力を再配分するなどの機敏な対応が必要となります。日本経営におけるコンセンサス方式では必要な時に迅速な対応が可能なのでしょうか。アントレプレナーシップを真に発揮している企業では、そのよりどころが何であろうと(例えば、顧客であるとか研究開発など)、それがどのようなビジネスチャンスであろうと、その好機を認識し、活用することに大きな成果を上げています。日本企業はこの様に全ての好機を認識、かつ活用しているでしょうか。以上の問題は明確な答えがあるとは限りません。また、日本の中でも企業によって、捉え方が違うこともあるでしょう。

Interface: 日本の大企業は年功序列、終身雇用制度が通例です。これはアントレプレナーシップの促進にどれくらいの妨げとなると考えていらっしゃいますか。企業内における革新を最も促すには、どのような評価システムなのでしょうか?

D.M.: ある国の企業すべてについての一般論を述べることは大変難しいことです。そこで、少し質問を変えて、企業が「起業家企業」であるかの判断項目についてお話したいと思います。

まず、起業家企業に重要な2つの点をあげましょう。
第一に、好機を捉えた個人やチームは、一旦ビジネスが動き出した時に資力をつぎ込む用意があるでしょうか。もし、これが可能ならば、今後もさらに多くの起業家としての活動が見込まれるでしょう。第二に、もしその人達が成果を上げることに成功したら、そのビジネス・チャンスのもたらした経済効果に見合っただけの評価なり報酬を受けていますか。もし、これも出来ていれば、最初の問題同様、今後も多くの起業家活動が見られると思います。

企業がある一定の経歴または年齢以上の者にしかビジネス・チャンスを追求させないとすれば、その企業は多くのチャンスを見逃していると思います。また、そうした機会を自ら閉ざしてしまっている場合もあるでしょう。企業にはバランスのとれた適切なチームを、ビジネス・チャンスの追求に配属する責務があります。もし、社内評価が序列により決められていて、それは経験によってのみ得られるものであれば、その企業システムはうまく機能していないと思われます。

企業が本当にアントレプレナーシップを志すのであれば、経済効果を生むなど、新規ビジネスの開拓に努めた人々を評価し、そして昇進させなくてはなりません。また、その報酬も好機の成功や資力の配分とバランスをとりながら連結していなければならないと思います。

起業家の想像力、企業組織内での役割・・・

Interface: 創造力は起業家が成功をおさめるためにどれだけ重要でしょうか。創造力は伝授できるものでしょうか。できるとしたら、どのようにでしょうか。INSEAD では創造力について、起業家関連および、全体のカリキュラムの中でどのように教えているのでしょうか?

D.M.: アントレプレナーシップにおける創造力は大変興味深い課題です。まず、第一に念頭に置いておくことは、起業家は必ずしも発明家ではないということです。ビジネスとして育てる商品の基礎となる発明に関して、起業家はほとんどの場合、何の関係もないことが多いのです。起業家の主たる役割は好機を実現させることです。価値を生みだし、新しいアイディアをもとにビジネス・チャンスをつくり、それで利益を上げることなのです。

起業家にとって、創造力は絶対に必要な要素です。好機を現実のものとするために必要な要素は創造力がなければ集結できません。好機を獲得するための基礎となる資力を集め、必要な資本や能力を借りるためには、起業家の創造力をフルに活かさねばなりません。

創造力はあるところまでは教えられるものだと思います。お手本となる人材の紹介はいくらでもできます。また、援助を必要とする場合、人間関係の障壁を取り除く手助けもできます。さらに、人間が生まれつき保有する創造力を効率的に改善する方法はいくつもあります。常識や通例、通説に逆らうことが必ずしも悪いことではない、ということを教えるだけでも、一歩前進したと思います。しかし、最も効果的な方法は模範となる起業家に会ってよく話を聞くこと、そして授業の一貫の中でビジネス・プランを作るなど、練習を通して経験を積むことだと思います。また、起業家が歩むプロセスなどを充分に理解することも非常に大切なことです。最後に、起業家として成功するためには、創造的な天才である必要はない、ということです。創造力は、成功をおさめている起業家の多彩な能力の中のごく一部なのです。

Interface: 教授は、「起業家企業はその組織構造よりも様々な過程を検証することにより認識できる」と説いておられますが、これについてもう少し詳しくご説明下さい。

D.M.: 組織構造はその企業の戦略と過程の双方を反映しなければなりません。多くの伝統的企業において様々な好機が、組織構造に適合しないというだけの理由で見逃されてします。起業家組織では好機の認識、知識の共有、チーム・コーディネーション、柔軟な資力配分、管理能力などにおいて画期的なプロセスが活用されています。異なる起業家企業は非常に異なる組織構造のもとにあるかもしれません。これはある程度、ビジネスの種類、資本・能力の活用方法にもよるものだと思います。最終的に起業家企業の特質は、好機が構造のためにあるのではなく、構造が好機のためにある、ということです。

Interface: 既存の企業におけるアントレプレナーシップとは、親会社の変革か、あるいは新採用と親会社からの派遣社員からなるベンチャー子会社のどちらで最も促されるものでしょうか?

D.M.: 企業ベンチャー、サイドビジネスとしてのベンチャーなどの評価は様々です。素晴らしく成功するものもあれば、失敗するものもあります。しかし、親会社から隔離されて新規ベンチャーを始めた場合、その成果が親会社に充分な影響を与えることは、まずほとんどの場合ありません。私のアドバイスは非常にシンプルなものです。もし企業にもっと大きなアントレプレナーシップをもたらしたいのならば、その目的に向かって直進することです。企業の周りに色々とベンチャーなどの試みを始め、それがいずれ、間接的に親会社に良い影響を与えると期待することは、間違っています。ベンチャーは、特に組織全体にその例を周知する計画がしっかりしていれば、企業全体の変革を進めて行くにあたり、良い実験台ともなります。そして、その教訓を親会社に取り入れることを覚悟しなくてはなりません。上からの干渉に頼っていても、新しい方針は導入されません。

企業の特質、社会への適応・・・

Interface:
教授は、業績の良い企業は
(1) 段層構造に対して平坦な組織構造をもつ
(2) 独立管理システムのチームを重要視している
(3) 組織全体において顧客を中心としている、
の3要素が見られると指摘されてます。
これらの要素を育てられる起業家には特別な素質があるのでしょうか。日本企業には上述の要素はどれだけ見られますか?

D.M.: これは非常に複雑な問題です。おっしゃった三つの要素を育てる素質として次の三つの統率力が上げられるでしょう。

第一は志を周知させ、周りをそれに賛同させる能力です。本当に指導者であるならば、志を創り、それを周知させ、賛同者を集めることに責任を持たなければなりません。一般的に起業家はこれについては大変優れています。起業家は特に超越した資力で自分のビジネスで人々を魅了したり、莫大なビジネスで低リスクの雇用機会を提供することができません。代わりに、有能で熱意のあるチームによる成果に頼っているのです。このエネルギーと決意は、起業家がチームに自分の志を信じてもらうことにより初めて生まれるものです。そして、その起業家に賛同したチームはその夢を追い、成果をあげることに意義を感じるのです。その志は部分的に、顧客の視点やことばで表現されることが多いと思います(例えば、我々は革新的な子供たちの教育方法をするのだ、など)。これは、顧客への気配りと目的の明確化という効果があります。

第二に、起業家は往々にして自分の志に関して柔軟な姿勢をとっています。成功している起業家は意志が強いものの、多少の柔軟性を有します。目標に到達するには必ずしも一つのアイディアを一つの計画で遂行するとは限りません。私の見る限りでは、効果的な起業家の多くは適応性を発揮しながら目的を果たしています。これは一般的に起業家は目標が何であるかははっきりしていても、それに向けて単一の計画だけに固執していないことがわかります。つまり、目標は定められていても、手段は非常にオープンであるということです。

起業家とそのチームは目的達成への手段を決め、それに向けて動き出し、またそれを評価し、教訓を得、必要であれば方向性を変えるのです。この様な柔軟性はたいてい、起業家であるリーダーからチームへと伝達されます。リーダーは個人の独創力を評価し、また計算されたリスクをとらせ、失敗を理解し、許さなければなりません。こういう要素は成果を上げている起業家組織のなかで通常見られるものです。

最後に大切な要素とは、起業家は、自分のリーダーシップをまわりの人々と分担する姿勢をとらなくてはならない、ということです。どんな人でも独りでは自分の志を実現できません。チーム全体で達成を目指すものなのです。熟練した起業家(いくつもの成功をおさめている人たち)は、例外を除き、リーダーシップを喜んで分担しています。リーダーと従者に同時になることは難しいことですが、起業家はそれをこなす要素を持っています。

起業家はチームの中で個々の任務を遂行する能力と見通しを有するメンバーに、徐々に権限を委譲していきます。これは決して自己のリーダーシップを放棄するものではありません。チームの状況を最も把握しており、最終的な判断をするために最適な者がリーダーシップをとるということです。これは逆にチームワークを高め、効果的な仕事につながるのです。そして、最終的にはリーダーとしての起業家の地位をより確実なものとするのです。

これらの要素が日本の組織に見られるか、についてですが、やはり一般論としてお
答えすることは難しいと思います。企業によっては、指導力を発揮できる社員が好機を見つけた時、その社内のリーダーシップを見守る企業もあります。逆に、そうではないところもあります。この種の指導力を発揮させたりそれを支援することについては、個々の企業が決めることだと思います。

Interface: 業績の良い企業は変革に対して敏感に対応する、とおっしゃっていますね。日本の文化においては変革の導入にとても時間がかかります。これは日本の産業が今後、競争の益々の激化が見込まれる世界経済において生き残る際に大きな妨げとなるのでしょうか?

D.M.: 適応性のある組織が長期的な成功をおさめるためには、その適応性がタイムリーで、かつ効果的であり(常に正しく適応していなくてはならない)、能率的でなければなりません(つまり変革に伴って資力を使いすぎてはならない)。柔軟な適応性に欠けていたり、資力を使いすぎては、いくらその対応が迅速であっても意味がありません。やはりここではその適応性に応じて適切なバランスが必要だと思います。例えば、素早く、安価で、幅広い適用範囲をもたなければ効果的でない適応策もあります。このような適応は、細かく分析された集団行動によるコンセンサスを重視する経営方式では難しいかもしれません。

今日の社会ではますます迅速な適応が必要とされています。日本の経営者は自分達の組織が適切な対応力をもつかどうかを判断し、新たな意志決定過程のモデルが必要であるかを分析しなければならないと思います。

起業家としての資質と能力・・・

Interface: INSEADでは学生の何割がアントレプレナーシップについて勉強をするのですか。また、卒業生の何割がいずれ自分の会社を設立するのでしょうか。そして、それにはどのような産業が見られるのでしょうか?

D.M.: INSEADでは学生の約7割がアントレプレナーシップに関連する選択科目を少なくとも一つは受講しているようです。当校には起業家としての野心をもつ人々を引き寄せ、教育していく長い伝統があります。そもそも、INSEADは一般的な経営責務を負う立場の人々を育てることを第一の目的としていますが、これは起業家としての野心をもつ人々にも役立っていると思います。

卒業生の約35%がいずれ、オーナー経営者になります。これは卒業後、伝統的なキャリアでかなりの成果を上げてから、約5年から10年の間に達成されます。もちろん50代になって初めて会社を設立する人もいれば、卒業後まもなく起業家となる人もいます。INSEADの卒業生はあらゆる分野においてビジネスを始めたり、経営を買収したりしています。小売り業からホテル経営からハイテク産業までのその分野は非常に幅のあるものです。サービス業もあれば、産業用製品もあります。

Interface: 世界のトップレベルのビジネススクールのなかでも、INSEADの学生層は最も多文化を代表するものだと聞いております。このような国際的な環境は、起業家としての成功者を育むことにどのように寄与しているのですか?

D.M.: INSEADの多文化性は非常に役立つと思います。アントレプレナーシップを養うことに当校の校風や環境が及ぼす影響は直接的なものと間接的なものがあります。直接的には、当校の学生が実力、創造力がある有能な学生の集団であることに関係します。この様な集団は経験や知識、そしてビジネス・アイディアを結集し、研究します。こういう環境の中で新しいビジネス・チャンス、そして目標も育まれるのです。そして、新しい起業家チームやビジネス・パートナーシップがINSEADで数多く生まれます。

この環境が間接的に起業家に働きかけることとして、多文化の中における個々人の適応性が養成されることにあります。さまざまな文化の良い点を多く学ぶことにより、異なる人間性や範例の中で適応性を発揮するようになります。結果的に、チーム作り、交渉術、企画の実現力などの能力の向上になるのです。最後に、INSEADで生まれる友情や国際的なネットワークは将来のビジネスチャンスでおおいに活かされるのです。

Interface: 起業家組織として成功をおさめるための、能率的なコミュニケーション能力や財務知識について、どのように考えていらっしゃいますか?

D.M.: コミュニケーション能力や財務知識は絶対に必要な条件です。起業家は好機の実現を目的としている人たちです。つまり、好機の実現化の過程において、変革も管理する立場にいる人なのです。効果的なリーダーや改革者であるためには、コミュニケーション能力が重要な要素であることは歴史からも、そして研究の中でもたびたび立証されていることです。周りの人間を組織化し、チームを作り、適切な方向に向けて動かすために、リーダーとなる人は自分の志を効果的に伝達しなくてはなりません。

さらに、起業家は投資家、顧客、供給者にも賛同を得るために効果的なコミュニケーションを図らなければいけません。財務能力も起業家には欠かせない重要な要素です。起業家はよく財務能力の重要性について議論していますが、これが成長過程で学んだことであるのか、潜在的なものなのかは別の問題です。

Interface: 成功している起業家にはギャンブルの才があると聞きますが、これに
ついてはどう思われますか?

D.M.: これは大変興味深いことです。起業家はよくリスク・テーカーであったり、賭けに強いと言われます。彼らは確かにリスクを負います。新規のビジネス・チャンスを追うことにリスクはつきものです。決断をする時に、必要な情報が揃っているとは保障されません(特に、今日のビジネス環境では充分な情報を得てから決断を下していると、既に機会を逃してしまいますから)。

実際のところ、長期的に成功している起業家の、リスクに対する経験は往々にして、非常に中性的なものなのです。リスクを回避することもなく、追求することもありません。リスク管理をすることに起業家としての腕を振るうのです。好機を認識して、それを実現化するに当たり、賛同者と共に必要なリスクを負うのです。モナコやラスベガスのカジノで賭博を楽しむ起業家はあまりいません。むしろ、起業家は従来の経営法則や、ビジネスに変革を与える勝負ごとに関心を抱きます。何が好機なのかを判断する天性をもつ起業家は度々成功をおさめています。もしかしたら、この天性を賭けと思い込んでしまうのかもしれません。

日本の起業家へのコメント・・・

Interface: 新規ベンチャーや既存の企業内において、起業家として活躍を志す日本人に何かアドバイスをお願いします。

D.M.: 日本の起業家の方々にはいくつかのアドバイスをさせて頂きたいと思います。
まず、他国の経済に存在するベンチャー・チャンスをまねようとはしないで下さい。ヨーロッパにおける起業家の大半はハイテク分野ではないところで成功しています。これはハイテク産業における成功者が多数いる米国とは対照的です。先程、述べましたように、ヨーロッパにおける起業家活動の多くは流通、小売、サービスの各業種に見られます。ですから、日本の起業家は日本国内や他国経済への付加価値の輸出や転置の好機を追求するべきだと思います。すなわち、他の経済で成果を上げている好機でも、自分の経済環境に適応しないものは、好機とは言えないのです。

次に、世界中のどこでも見られる、起業家としての行動がとれる覚悟がなくてはなりません。世界中のどこにいてもアイディア実現への資金を調達することは容易なことではありません。資力獲得には起業家の成功者の例に見習わなければならないと思います。日本で成功している起業家を充分に分析し、自分自身の行動パターンと比較することが大事です。模範としたい人、相談をしたい起業家を、時間をかけて探して下さい。日本にいようと、フランスであろうと、ブラジルであろうと、アメリカであろうと、起業家を目指すために、成功するための特質を充分に理解しなければなりません。

第三に、起業家として適切な手段を選択することです。あなたの起業家としての志を実現化する手段として、完全な新規事業として一から始め、それに関連するリスクも負うのかを判断しなくてはなりません。あるいは、既存のビジネス、または資本を買収し、その業界への参入を加速させる手段をとる方が良いのかも知れません。ヨーロッパにおける多くの起業家は効果的な手段として当初の生産力を上げるために、また資産基盤をかため、設立チームを育てるためにも既存の企業を買収し、成果を上げています。特に英国をはじめとする、ヨーロッパ諸国では企業買収が近年大変盛んに行なわれています。

最後に、マネージメント教育を受けてほしいと思います。適切なマネージメント・トレーニングを受けていれば、起業家としての成果はより高く望めると思います。