カウンセリング・サービスに何を求めるか

W.J.デヴァリエ [(株)インターフェイス]

このページをお読みになられている皆さんのなかには、どこかに良さそうなカウンセリング・サービス機関はないかと探していらっしゃる方も多いかと思います。つまり、海外の一流大学院への出願準備のプロセスに於いて、最も重要な段階で、適切なアドヴァイスを提供してくれる機関ですが、それを選ぶにあたっては、当然のことながら細心の注意を払うべきと考えます。

勿論、大学での成績(GPA)を改ざんしたり、進学してもいない大学で学んだことにしたり、専攻科目を変更したりというように、自分の過去を作り変えることは誰にもできません。しかしながら、これからの事については幾らでも良くすることができるのです。すなわち、TOEFLやGMAT等のテストスコアを最大限に伸ばす。エッセイを優れものへと確実に仕上げる。更には、入学審査官等との面接に於いては最も効果的に自分自身をプレゼンテーションする、等です。これらのことは全て”これから”にかかっているということです。そしてこうした場面で大きな差をもたらすのが、カウンセラーの力量です。

不合格であった出願者に対し、何故不合格なのか、というその理由をありのままに伝える大学院はほとんどありません。勿論、テストスコアがその大学院のレベルからしてもあまりに低ければそう指摘するかも知れません。出願者にとっても、それが最も合理的な不合格理由と響くかも知れません。しかし、そういうケースでなければ、不合格通知の文面には、たいてい「募集定員を大幅に上まわる数の、優れた出願者がいたため・・・」と簡単に記されているだけです。

しかしながら大学院側が、出願者に対し、不合格の理由を敢えて言及する場合があります。そしてこの場合、最も多いのが次の指摘です。即ち、出願者が、『自分の目指すゴールと、それを達成するために今、何故、大学院で学ぶことが必要なのか、そのことを明確に示せていなかった』、という指摘です。次に多いのが、前者とも関連するのですが、「エッセイで、あるいは出願目的の説明で、あるいは入学審査インタビューに際して、英語で充分にコミュニケーションがはかれなかった」という指摘です。

日本人出願者が犯す最も重大な間違いの一つが、欧米トップスクールへの出願準備を、それまで経験してきた日本の大学受験と同様に考えてアプローチしてしまうことです。即ち、日本の大学入試に於いて、高いテストスコアが合格を保証したため、ここでも、テストスコアを上げることを過大に重視してしまいがちなのです。

勿論、テストスコアは重要です。しかしながら、トップスクールを目指す場合には、試験のスコアとは、それがあって初めて選考の土俵に上がれるといった類のものです。ただ点数が良いから、という理由だけで合格を勝ち取れるわけではないのです。毎年–とくにこの一年はそれが目立ったのですが–試験で高得点を取っている出願者でも、希望するトップスクールに入れなかったというケースが多々あります。どうしてだか、お判りになりますか。その理由はつまり、こうした出願者が日本と米国の文化の差異を理解できなかったか、あるいは文法的に正しいエッセイさえ書けていれば、または、面接の時に流暢な英語で受け答えさえできていればうまくいくと勘違いしてしまったことでしょう。

文法的に正しく書いたり話したりすることは大切ですが、人と人とのコミュニケーションにおいて、充分に伝え合い理解し合うという点では一番大切な要素ではありませんん。では、最も重要な要素とは何か。それは出願者のアイデイア、彼または彼女が何を考え何を目指しているのかといったプラン、そしてそれをどこまで判りやすくはっきりと表現できるか、ということです。従って、優れたカウンセリング・サービスとは、エッセイや、インタビューに於いて、どういうことを、どう書き、表現したらいいのか、あるいは入学審査官との面接では何をどう伝えたらいいのか等についての戦略的なアドヴァイスを提供することであり、それ以上に重要なものはありません。日本の文化にあってはとても重要にみえることが、西欧社会に於いては何の意味を持たないことが時としてあります。反対に、自分の経歴のなかで西洋人にアピールする大事なものを持ちながら、自分ではそれに気付かない日本人出願者がいたりもします。戦略的アドヴァイスには、こういうことが含まれます。

プロフェッショナルなカウンセラーの技量の善し悪しは、クライアントである志願者に、ご自分を入学審査官に対していかに売り込むか、そのもっとも効果的な方法を示す、まさにその点にあります。ここで注意していただきたいことが一つあります。それは、エッセイに盛り込まれた事柄すべてが、事実として正しいことです。先輩が書いたものや、あるいはどこかの本から見つけてきた他の人の書いたエッセイを丸写ししてしまうのは、重大な過ちです。そうしてできあがったエッセイは、実に簡単に見破られてしまいます。優れたカウンセリングとは、的確なマーケティングと同じです。扱う商品をもっとも魅力的に見せるのが広告であるように、効果的なエッセイとか面接(でのやりとり)とは、その志願者自身をもっとも魅力に溢れた存在として、審査官に売り込むことです。

以上の理由から、留学準備のためにカウンセリングサービス機関を選ぶ際には、
以下の点をご自分でよく吟味しながら選ぶのが良いでしょう。

担当カウンセラーと一対一で、実際に顔を合わせている時間はどれくらいか?
担当カウンセラーは、そのカウンセリング過程で、どれほど深くかかわる姿勢を示しているか?つまり、たとえば自分のアイデアに現れた価値観についてまでコメントするか、それとも単に文法的な事柄をいくつか指摘して済ましてしまうのか?
担当カウンセラーとの予約は約束されているか?言い換えれば、次の予約まで1週間、時にそれ以上も待たねばならないような事態にはならないか?
担当カウンセラーは、自分を含めて何人のクライアントを受け持っているか?
担当カウンセラーの経験は豊富か? 自身が直接ビジネスに係わった経験があるか?
そのカウンセリング・サービス機関の質を示す、これまでの実績はどうか?
上記(6)の実績でいちばん重要なことは、合格者総数ではなく、むしろ、そのサービス機関の出願者総数であるということ。つまり、そのサービス機関の出願者総数と、それに対するトップスクールへの進学に失敗した方々の数だ、ということです。例えば、あるカウンセリング・サービス機関が「トップスクールのX校に、5人が合格」と発表したとします。しかし、もしそのカウンセリング・サービス機関に於ける出願者の総数が実は300人であったとするとどうでしょう。更に、そのトップスクールのX校から不合格通知を受け取った方々が50人いたとしたら、これは一体どうでしょう? また、出願者全体で見たとき、50人から100人もの方々がどこにも合格できていなかったとしたら・・・。
担当カウンセラーはクライアントである自分のことを、よく理解しているか? 長所や短所をきちんと把握した上で、長所を最大限に引き出そうとしているか?
担当カウンセラーは、クライアントである自分が聞きたいと思うような耳に心地よいことばかりではなく、自分が知るべき厳しいことをも指摘できる、それだけのプロフェッショナルとしての経験と技量とを持っているか?
自分がリサーチしているカウンセリング・サービス機関に対する、友人や同僚の意見はどうか?
本当のプロフェッショナルなカウンセリングとは、経験と技量とを要する職人芸であり、サービスであります。弁護士、医師、会計士などと同様に、その開業には免許が必要となれば、その時には、きっとみなさんももっとずっと安心して、出願計画の中でも最も重要な決定、即ち、カウンセリングサービス機関選びができるようになるものと思います。