Carnegie Mellon MBA 合格体験記

留学先:カーネギーメロン (Carnegie Mellon CMU Tepper MBA)

大学院出願準備記(出願エッセイ、インタビュー対策など)
MBA合格体験記 No.001






勤務先: 政府系金融機関

はじめに
「え、カゴシマで準備ですか?東京に戻られるのはいつになりますか?」
「鹿児島ね・・・。年々競争が激しくなっていることもありますし、正直申し上げて大変ですよ。」
東京出張のついでにいくつかの予備校を回ってみたものの、満足の行く回答を得られたところはなかった。3 度目の挑戦で社内の選抜試験にようやく合格したまでは良かったのだが、任地鹿児島で準備をすることとなり、当初はあまり深く考えていなかった準備の大変さを早速思い知ることとなった。予備校も無い。情報も無い。相談する人もいない。「無謀だったかなー」「なんとかなるかなー」と思い悩みながら私にとって激動の1999年はスタートした。

そんな時に門をたたいたのがインターフェイスであった。わらをもつかむ思いで、デヴァリエ氏との面接に臨んだところ、「OK. No problem.メールやFAXもあるし大丈夫だ。」という返事。一度会ったら忘れることの出来ない強烈なインパクトのある風貌(皆さんも会ってみれば分かります)に加えて、「鹿児島ってどこにあるか分かって言っているのだろうか?はったりではないか?」などなどいくつか不安はあったものの、デヴァリエ氏の自信に満ちた態度と小林さんをはじめとしたスタッフのかたのアットホームな雰囲気に魅かれ、インターフェイスに入会することを決めたのであった。言うまでも無く予備校選びは非常に重要であり、この時の決断は正しかった。

合格への道のり
H.10年12月 準備開始/ TOEFL受験開始
H.11年5月 インターフェイスのゴールデンウィークコース受講(GMAT対策)/ GMAT受験開始
8月 インターフェイスのサマーコース受講(GMAT対策)
9月 インターフェイスのSCマラソンコース/ GMAT690点(V:35、Q:49)
10月 TOEFL627点(65-63-60)/ エッセイ・カウンセリング開始
12月 Carnegie Mellon出願
H.12年1月 Carnegie Mellon面接(電話にて)
2月 Carnegie Mellon合格

TOEFL
ほとんど独学(自己流)だった。後述の通り、GMAT対策に時間を割いたため、毎月受けていたにも関わらず思ったほどスコアが伸びず、目標としていた630 点にはとうとう届かなかった。Essayが始まってしまうと更に時間が割けなくなり、試験前日に問題集をちょこちょこっとやる程度で、あっというまに12 月になってしまった。日本人なのだからSection2及び3はもう少し取る必要があったと反省している。後から考えると、なるべく早期にいい点(640 点以上)を確保し、GMATあるいはEssayに注力できる状況を作ることが肝要だと思った。また英語力と同時に勉強時間をいかにバランス良く(しかも効率的に)割り振ることができるか、”Time Management”の能力が問われていると痛感した。尚、鹿児島では数ヶ月に一度しか地元で受験出来なかったので、熊本に行ったり、宮崎に行ったり、福岡に行ったり、九州各地の会場で受験することとなったが、それはそれで楽しい思い出となった。

GMAT
元旦に問題集 (9 th Edition)を始めた記憶があるので十分時間はあったはずだが、なかなか良いスコアが出せず、非常に苦戦した。平日の夜なり、土曜日なり学校に通える人達がとても羨ましかったが、与えられた条件の中で最善を尽くすしかない。ゴールデンウィークと夏休みには大宮の実家への帰省も兼ねてインターフェイスの集中講座に通った。短期間に効率良く勉強が出来て非常に良かったと思っている。一人で問題集をやっていても「何でこれが正しいわけ??」と考え込んでしまうことが多々あったが、講師(全員Native)の方々の説明も丁寧かつ納得いくものであった。また教室には大阪や栃木から来ている人もいて地方受験の大変さを共有できる友人にもめぐり会えた。8月まで600点前後をウロウロする状況だったが、デヴァリエ氏の指示に従いインターナショナル・ヘラルド・トリビューン誌を購読し、長文読解のスピードアップを心がけ、集中講座で使った教材の復習を繰り返し行った結果(運にも恵まれ)、9月には690点を取ることができた。前日にSCマラソンを受講したのも御利益があった。直前の頭の整理にちょうど良かったと思っている。
GMATは非常にハードな試験だった。試験前日の夜は東京か福岡のホテルに泊まるのだが、恥ずかしながら非常に緊張してなかなか寝付けないことも多かった。スコアが伸びない時は精神的に辛いものだ。最初のころ540点を出してしまった時があったが、その時は目の前が真っ暗になり、画面の前で呆然としてしまったのを覚えている(反対に 690点を取ったときも興奮のあまりしばし呆然としてしまった(笑)。記憶力・集中力・注意力・精神力・体力等々全体的な能力が試されている気がした。競争激化に伴い年々合格者の平均点が上昇しており、700点台を出す人も珍しくないとも聞いているので、なるべく早い時期から受け続けることをお勧めする。 AWAについては、実はあまり対策をしなかった。結局3.5どまりだったが、もしかすると4.0は必要だったのかもしれない。

エッセイについて
「早く始めるべし」「早く取り掛かるべし」といろいろな人からアドバイスを頂きな がらもなかなかスコアが出揃わなかったため、10月の第1週からと非常に遅いスタートとなった。デヴァリエ氏のカウンセリングはまさに「良薬口にニガし」。本人と直接会うことは難しかったので基本的にはEmailとFAXでのやりとりが中心になったが、非常に密度の濃いものであった。「この1週間君は一体何をやっていたのだ!」「受験校のパンフレットをちゃんと読んで書いたのか!」と怒りのメールを度々頂戴して冷や汗を流したことも何度かあった。しかし彼のアドバイスは的確かつ私の置かれた状況を良く理解したものであり(もちろん鹿児島がどんなところか詳しく御存知でした)、また微妙な表現・ニュアンスの使い分けなど、Nativeならではの貴重なコメントを毎回頂き、大変勉強になった。また私のフィールドである金融業界についても詳しく、専門的な話になっても全く不自由はなかった。最終的にどのエッセイも自分を正直に出せた納得の行くものに仕上がったと思っている。
エッセイについても、”Time Management”は重要である。各学校の設問は皆似たり寄ったりではあるが、微妙に違えてある。1 校あたり平均して3~5問の設問が有り、かつ最終的に10校近くは出願することになるので、作業量は膨大なものになる。勿論使いまわしができるものも多いのだが、あちこち修正してCustomizeするだけでも結構大変である。またじっくり構想を練って材料を集めてから書き始める必要のあるHeavyなものも出てくるので、時間はいくらあっても足りないというのが率直な感想である。カウンセリングは週1回で、良きペース・メーカーになったが、スタートが遅かったこともあり10月から2月までの5ヶ月間は全力疾走でマラソンをしているような感覚であった。まとまった時間が取れたはずの年末年始にはに熱を出してダウンするというハプニングもあり、一時はどうなるかと思う局面もあった。皆さんにエッセイで何かアドバイスするとすれば、やはり「早く始めるべし」「早く取り掛かるべし」だろう。

推薦状について
これも遠隔地からの受験だと意外と頭の痛い問題である。東京にいる元上司や元取引先ベンチャー企業の社長にお願いし快く引き受けて頂いたが、離れていると郵送にも時間がかかったり、かなりやきもきしたものである。地方受験の場合には、特にこのあたりしっかりスケジュールを立てて、相当の余裕をもって依頼をする必要がある。別に数日程度の違いしかなくたいしたことの無いように思われるかもしれないが、出願の集 中する12月、1月はその数日の差が貴重なのである。成績証明書なども同様で、直前期にパニックに陥らないためには、早め早めに手を打って取り寄せておく必要がある。

志望校の選定について
MBA受験を思い立ったのは、もともと大学時代に経営学を専攻していて、「いつかはビジネススクールに留学してみたい」という希望が漠然とあったことと、鹿児島に赴任する前にベンチャー企業へのファイナンス業務をしていたことがあり、その中で「新事業の立ち上げをサポートしていくためには、もっと自分自身が会社の「経営」について深く学ぶ必要がある」と感じたのが大きな理由である。また銀行員なので当然Financeもしっかりと勉強して来たい。従って、志望校はEntrepreneurship、Financeに強いところを中心に考えた。
デヴァリエ氏からは「これだと非常にDangerous Portfolioだぞ」と再三指摘を受けていたにも関わらず最終的には有名校ばかり7校出願した。結果は2勝3敗(+返事待ち2校)。後から考えると「非常に危ない橋を渡っていたんだなー」と痛感した。会社派遣だったので、「全部落ちちゃったらどうしよう」という恐怖感も一方でありながら、「これだけ出せばどこかには引っかかるだろう」という根拠の無い楽観も同居していて、結果が出た後になってはじめて厳しい現実を身をもって思い知ることとなった。自分では非常に自信のあったApplicationだったのに残念ながらInterviewに呼んでもらえないというケースも少なからずあった。

Interviewについて
Carnegie Mellonは電話による面接であった。地方受験者にとってはありがたいことだが、電話面接は表情あy振り手振りが使えないので非常に難しかった。インターフェイスでInterview Trainingも受けて準備は万全なはずだったのだが、最初は”Would you mind…..?” と聞かれているのに、”Yes, of course!”とすかさず答えてしまうなど初歩的なミスを繰り返し、一時はしどろもどろ状態に陥ってしまった。「これではいけない!」と思い、自分を落ち着かせるように努力しながらとにかくConversationを続けることに注力した。最後のほうになるとやっとリラックスしてきて、面接官とも12月に生まれたばかりの息子の子育て談義で盛り上がることが出来た。これが良かったのかもしれない。

最後に
厳しい厳しいと言われ続けたMBA受験もようやっと終わり、無事CarnegieMellonより合格通知を受け取ることが出来た。デヴァリエ氏の時には熱く時には力強く叱咤激励していただいたCoachingの賜物だと感謝している。またインターフェイスを通じて知り合いになった素晴らしい友人達にも、この場をお借りしてお礼を申し上げたい。東京になかなか来られない私のために、各校の説明会の様子を教えていただいたり、Interviewなどの早耳情報を教えていただいたり、全くおんぶにだっこの状態だったが、孤独感に押しつぶされることなく、情報戦にも取り残されること無く、出願作業を進めることができた。それぞれ行き先は違うが、皆トップ校に見事合格を果たしている。合格が決まった後、みんなで飲んだお酒は格別だった。
地方受験はたしかにいろいろと不便・不利なことが多いのは事実だが、決して不可能ことではないし、あきらめることはない。希望を捨てず、夢を捨てず、Challengeしてほしい。拙稿がこれから地方で受験される皆さんに少しでもお役に立てば幸いである。この体験談が少しでも皆さんのお役に立てればと願っています。





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Carnegie Mellon TepperMBA(カーネギーメロン テッパーMBA) Class of 2001