Chicago MA 合格体験記

留学先:シカゴ (Chicago MA International Relations)

大学院出願準備記(出願エッセイ対策など)
MA合格体験記 No.006
学位:MA 国際関係学






私立大学(アメリカ文学専攻)を卒業後、1998年秋からシカゴ大学(University of Chicago)の国際関係論修士プログラ(Committee on International Relations)に私費で学んでいますが、インターフェイスなしには現在の私はありえませんでした。そこでインターフェイスに興味のある方、大学院留学を真剣に考えている方のお役に立てればと思い、準備期間と渡米後の様子を紹介します。

インターフェイスは、ビジネススクール中心のイメージが強い予備校ですが、そんなことはありません。私は学部新卒で職歴がなく、アカデミア(学者)を目指しているわけでもなく、更にテストスコアもそれほど伸びなかったのに、シカゴ大学というトップスクールに合格しました。私のようなケースに関する情報はビジネススクール(特に派遣留学)に比べてなかなか手に入りにくいものです。そこで、MBA以外の国際関係などの学位を職歴なしで私費で取得したい方々に特に役立つであろう情報を、準備段階と留学後に分けて以下提供したいと思います。

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PROFLE
・留学先:University of Chicago, Committee on International Relations
・合格校:Chicago, George Washington, Boston, American
・出願時:大学4年生(Self Sponsored)
・TOEFL :603
・GRE  :V. 400, Q. 650, A. 620
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1. 専攻選択

むかしから終止一貫してジャーナリズムに興味をもっていましたが、高校時代に国連職員などの国際公務員に気が移った時期があり、これが契機で大学院留学を考えるようになりました(国際機関は基本的に欧米大学院の修士号が必須)。

大学入学前から大学院留学を本格的に想定していたわけで、暫くして国際機関へ興味は失ったにもかかわらず、最終的に学びたかった日米外交は大学院レベルで深くやろうと既に決めており、大学では英文科でしたが、師事した教授が政治学出身だったため、アメリカ政治思想史のようなものを自由に学びました。大学院の専攻は政治経済から、歴史、地域研究、哲学までを自分の好奇心に沿って自由に学べる国際関係論しか考えられませんでした。シカゴに来て1年近く経ちますが、この選択は間違っていなかったと確信しています。それは「アメリカ外交政策」という知的興味の対象もさることながら、私が職歴のない新卒で留学を決行したこととも関係しています。

就職前に留学を急いだのは:

国際関係分野での会社派遣留学の可能性は少ない
一旦就職したらアカデミズムからは離れて区切りをつけて仕事に打ち込みたい
(仕事の合間にGREの勉強をする器用さは自分にはないと判断した)
頭が勉強に慣れており記憶力もいい若いうちに学部、修士と継続して学びたかった
早めに独自の知識体系と人脈を世界規模で確立しておきたかった
などによるものです。

大雑把に、アメリカの大学院は職業技術を伝授するプロフェショナルスクールと、アカデミックな知識を得るアーツ&サイエンス系のプログラムとに二分されます。前者はキャリアアップ志向で、後者は学問志向です。私はその中間に留学の動機があったので、自分のアカデミックな知的好奇心を満たせ、職歴のある世界中の仲間と人脈を築きながら実際的なことも学べる国際関係論プログラムを迷わず選びました。よく「なぜジャーナリズムではないのか」と聞かれますが、ジャーナリズムスクールは現場で求められる技術を身につけるジャーナリスト志望者のための専門学校的性格が強く、それよりは取材対象そのもの、知的に関心の対象(私の場合キャリアを度外視しても純粋に学びたかった政治経済)をその分野の将来のエキスパートと寝食共にして深く学ぶことに長期的な意義を感じました。

日本人留学生(特に大学新卒の人)にとって国際関係論は人気のある専攻ですが、明確な学問的関心とキャリアプランが不可欠で、イージーな選択は挫折と後悔の始まりだと強調しておきます。なんとなくの志望程度では合格できませんし、留学後も大変です。本当に国際関係を専門にしている人が世界中から集まってくるわけで、修士レベルのクラスメートのなかには既に自著を出版している猛者もいます。論文の学術誌発表くらいならゴロゴロです。英語、留学対策などと関係なく、「専門書を読んでいて楽しい」「既に昔からよく読んでいる」という分野でないと、トップスクールでは後々つらいでしょう。自分は何が学びたいのか、本当に大学卒業直後、あるいは入社数年で留学する必要があるのか、もう一度よく考えみて下さい。私のように一人で決めるのではなく、この段階からインターフェイスの門を叩きカウンセラーに相談してみるのもいいでしょう。

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2. 課外活動

大学院留学を志したのが早かったわりに、具体的な準備は大学4年の6月に本格的にTOEFLを受け始めるまでしませんでした。では、それまで何をしていたかというと:

 (1) 学生生活を有意義に充実させる
 (2) GPA(成績)を保つ

の二つです。

職務経験者と違って、学部新卒の出願者は評価の基準となるポイントがどうしても少ないため、入学担当者は新卒枠の書類を見るときGraduate SchoolのAdmission OfficeでもUndergraduateと同じようなポイント(課外活動、GPA)で判断しがちです。故に1が必須となります。これを無視してガリ勉だけをやって4年間を過ごしてしまうと、エッセイに書くことが何もない、レジュメはスカスカ、推薦人が卒論指導の先生1人しかいない、となってしまいます。

職歴がない学部生が3〜4人の推薦人をすべて学者の先生で揃えるのは、明確にアカデミアを目指す場合以外は、致命的です。どんなに優秀な人でも、学部新卒レベルでの研究成果など、たかがしれています。シンクタンクや国際機関でリサーチに2〜3年携わっていたような人が世界中から集まってくるのです。研究で対抗しても、化けの皮が剥がれるのは目に見えています。それよりは、サークル活動でも、世界冒険旅行でも、何でも自分色が出せるものを思いっきりやってみて下さい。ただし下心では絶対長続きしませんし、大きな成果は望めません。自分が本当に心から面白いと思えるもの、その上でよりInternationalな活動を選ぶとよいでしょう。

参考までに、私の場合は母校早稲田大学のエレクトーンサークルで漫才などを取り入れたユニークな演奏活動を行い、広報・編集担当副幹事としてサークル誌を創刊したり(今でも後輩が継承しています)、ヤマハの商業雑誌に売り込んでコンサートを記事にしてもらったりしました(後に楽器のCMなどにも登場)。2年の夏には日豪学生交換連名の親善大使でオーストラリアの各都市を短期訪問。また、国際ディベート学会とその関連組織の私塾では毎月の勉強会や学会誌の編集に率先して参加し、学会の海外研修でHarvard大学などで2年連続で学びました(イスラエル研修の話もあり企画にも携わっていたのですが、中東危機で中止)。

これらの活動がすべて結果的にレジュメ、エッセイの材料となり、推薦状も卒論指導の教授以外はすべて日米両国から国際ディベート学会関係でいただきました。日本の大学生の特権は時間です。みなさんも1〜3年は小手先のGRE、TOEFL勉強をやる暇があったら今を有意義に過ごすことに全力を傾けて下さい。本当に留学を志しているような人だったら、英語もエッセイのネタも後からついてきます。

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3. GPA

「本当に留学を志しているような人だったら、英語もエッセイのネタも後からついてくる」。前項の終わりでこう記しましたが、ただしGPAだけは要注意です。

アメリカの大学では成績は異常に重視されるので、GPAが悪いとそれだけで印象が悪くなります。特に職歴でアピールできない学部生にとってGPAは命です。真面目に取り組む、楽勝で固める、対策は人それぞれですが、最終的に3.7以上は欲しいところです。私は1年のときからこれを心がけ最終的に Cumulativeで3.93、Majorで4.0で出願できました。

特に国際関係でもアカデミック色が強いプログラムでは、GPAがよければそれが学部新卒者の切り札になるので(後で述べます)、あの手この手で死守して下さい。とりわけMajor(3年以降の専門科目)が大切なので、一般教養の成績が悪くもう既に3〜4年だという人も、落胆せず回復に全力を尽して下さい。日本の大学は不可(F)が成績表に載らないので、やばそうな科目はわざと途中で落とすという裏技が使え—Cになるくらいだったら試験を放棄してFにしてもらう—日本人のGPAが比較的良い秘密のひとつになっています。私も他学部聴講などで多めに科目を履修し、受けてみて相性の悪かった科目はわざと落としていました。この抜け道はアメリカの大学当局にはまだあまり知られていないようです。

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4. TOEFL

本格的な出願準備は、4年の春から始めたTOEFL対策でした。この頃私はインターフェイスの存在を知らなかったので、まったくの独学でした。同時に違う勉強、作業をするのが嫌だったので、9月まではTOEFL、それから11月まではGRE、その後はエッセイ、と時期ごとにやることを分けました。

TOEFLの重要ポイントは3つ。
(1) 試験慣れ
(2) 過去問題の習熟
(3)試験会場のコンディションです。

(1) については、TOEFLはたくさん受けると慣れます。2年ぐらいかけて毎月受けている猛者もいましたが、その人物もさすがにスコアは伸びていました。これとの関連で(2)ですが、TOEFLは同じ傾向の問題しか絶対出ません。特にSection 2では確認してくる文法項目が決まっており、慣れれば「ああ、これか」といった感じに全文読まなくても瞬間で解答できるようになります。特に品詞の問題にパターンが多く、私も過去問を大量にやってからは、文章をろくに読まず、選択肢の接尾辞や冠詞にパッと目がいくようになっていました。したがって、最も有効な学習は過去問です。

(3)は意外と重要です。今はコンピュータになっているかもしれませんが、当時はまだマークシートでした。リスニングに有利な席、会場があります。席は会場によって、先着に前から着席、くじ引き、先着に自由席、の3種類があり、四ッ谷の日米会話学院は先着自由席な上に、部屋が小さく音響がいいのでお勧めです。私はこの3法則に気付くのが遅く、6月から2月頃まで受けつづけたにもかかわらず、なかなかスコアが上がらず、最終的に9月の603を使いました(唯一の日米会話学院受験)。600が足切りのことが多いですが、高ければ高いほどいいのは言うまでもありません。また、同じ足切り600点でも各Sectionのスコアを問わない所と、各Sectionの基準点まで決めている所とがあります。

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5. GRE

申し込みに要注意です。早く要項を手に入れ申し込んで下さい。日本会場での筆記の回数が減っており、希望の会場で確実に受けることが難しくなっています。やはり日米会話学院がいいです。以前は筆記は4月、6月、11月、12月とあってスコアが悪かった場合は受け直しができたのですが、私が受けた年は11月の一発で、プレッシャーはものすごいものがありました。GMAT同様コンピュータも導入されているようですが、筆記の方が数学、Analyticalで補助線の書き込みが直接できるし、簡単そうな問題から解くなど時間配分を自分のペースで組めるので断然有利なように思います。選べる場合は筆記で受けることを勧めます。

私は9月、10月はTOEFLの勉強も中止し、大学も休みGREに全精力を傾けましたが、当日手元の腕時計がテスト中に故障して知らないうちに止まっていたり、徹夜続きで体の具合が悪くなったりのトラブルに巻き込まれたこともあり、不本意な結果に終わりました(V. 400 Q. 650. A. 620)。数学のスコアが日本人としては最悪だったので一時は2月頃にグアムでの最受験も考えましたが、卒論で勉強の時間がとれず、11月より悪くなると墓穴を掘るだけなので諦めました。(註:1998年よりGREはCATになっています)

また対策としては、基本的にTOEFL と同じで過去問題の習熟が最良です。 ETSからBig Booksという過去問題が出ていて、たいへん役に立ちます。Verbal対策は単語につきます。私は当初すべての英単語を征服してやろうと意気込み、病気の名前から虫の名前まで日々の読書で出会った単語を全て調べてレポート用紙に書き取ってファイルし、電車で暗記していましたが、遠周りながら底力にはなりました。ただ、過去問を重ねると、学術用語など抽象的語彙が多く出題されていて、一応の傾向があることが分かったので、それ以後過去問で出た単語を中心に完璧にするようにしました。日本人受験者はなんとか400とれれば十分でしょう。

数学は得点源です。私は私大文系で長らく数学から遠離っていたので、高校受験で使った参考書を一通り見直し、法則を暗記しなおして、過去問をやって解けなかった問題を理系の友人に解説してもらう作業を繰り返しました。90%の問題は中学レベルですが、たまに1問大学レベルの問題が混ざっており、それは無視するのがコツです。スピードが重要で、私は時間が足りなくて本当に苦労しましたが、英語に慣れればパターンも見えてきます。Analyticalは無視して下さい。重視されないし、私も過去問を2 回分やっただけで600以上いきました。

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6. エッセイ

GREで大敗しTOEFLも伸びず落ち込んでいた私は、先輩の勧めでインターフェイスを初めて訪れました。時すでに11月第2週でした。

早期出願にこだわって焦っていた私を「このスコアのままでエッセイを適当に書いて急いで出願してもトップスクールはなかなか難しい。トップスクールでなくてもどうしても今年行く気なのか」とTough Loveで嗜(たしな)めてくれたのは、日本人スタッフの小林さんでした。引き受けたからにはとことん助けるという「本気」を感じました。この小林さんの親身のアドバイスに感動した私は、「年内出願を諦め、インターフェイスでエッセイを完璧に持っていって逆転するしかない」と決意したのです。

最初に原形になるエッセイを仕上げ、以後出願毎に各校用に変型していきました。インターフェイスでは、すべてのカウンセリングを英語で行うので、カウンセラーとの問答のなかで問題意識が固まり、キャリアプランも明確になっていった気がします。既に蓄積している材料を、どう表現して説得力を持たせるかが大切です。Potentialのある魅力的な人物であることを伝えることが大切で、細かすぎる研究計画などはあまり必要ないことを教えられました。

インターフェイスの本当の強みは、実はエッセイカウンセリングではなく、他にあるのではないかと、私は思っています。それはつまり、アメリカ式のコミュニケーションの取り方や出願作業全体のLogisticな作業などに関するきめ細かいアドバイス・サービス、ということです。カウンセリング開始と前後して、George Washington大学国際関係学部Dean主催の説明会に招待されていたのですが、担当のLeClairカウンセラーからまず最初にもらったアドバイスは「パーティーで名前を覚えてもらえるよう、今すぐ名刺を作れ」でした。

その後もThank You Letterのタイミング、レジュメ、エッセイの紙の選択、FedExの年末年始集配情報まで細かいアドバイスを受けました。また、 Applicationの書類をタイプライターで綺麗に仕上げることの大切さも教えられ、私はインターフェイスの貸しタイプコーナーの常連となりました。エッセイ、レジュメも文面はもとより、見やすさ、インパクトなどで際立つものにすることが大切です。Macを使用しているインターフェイスでは、この面でも様々な創造的アイデアがもらえました。

こうして1月から2月にかけて10校に出願し、Dream Schoolの1つであったシカゴを始め4校に合格、しかも2校からは授業料全額免除の奨学金も受けることができました。





大学院留学 国際関係論 合格体験記
Chicago(シカゴ MA) Class of 2000