Columbia MBA 合格体験記

留学先:コロンビア (Columbia MBA)

大学院出願準備記(出願エッセイ、インタビュー対策など)
MBA合格体験記 No.011






放送局からビジネススクールへ

ビジネススクールの競争率が最も高かったといわれる今年、これだけ多くのビジネススクールに合格することができたのは、インターフェイスの適切なアドバイスとカウンセリングのおかげだったといって過言ではありません。

企業派遣の方々の計画的な受験にくらべ、私の場合は思いつきではじめて、勢いで突っ走って合格したという無謀な受験でしたが、結果的にはインターフェイスについていって、短期間で最も効率的に出願できたと思います。もし1997年の5月にインターフェイスを知らなかったら—。今ごろ私は、平凡な毎日と自分の人生に疑問をもちながら、ぶつぶつと文句をいいながら仕事をしていたことでしょう。

私はたまたま自分の大学時代の友人がインターフェイス出身だったことから知ることができましたが、他の予備校と違い、ほとんど宣伝をしないため、インターフェイスはホームページと口コミのみでしか、知ることができません。いま、このホームページをのぞいていて、ビジネススクールや海外の大学院受験を考えていらっしゃる皆さんは、まずE- Mailか電話で直接コンタクトをとるをおすすめします。



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PROFLE
・留学先:Columbia Business School
・合格校:Columbia, Kellogg, Michigan, UCLA, NYU
・勤務先:テレビ局 / 年数:6年
・TOEFL:630 / GMAT:640

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1. ジャーナリズムかMBAか?

留学をしよう!と本気で思い立ったのは1997年の4月のことです。
ちょうど自分が身も心も捧げて取り組んでいたレギュラー番組が3月で終了して、何か新しいことを始めたいと思っていたときでした。わたしは自分の人生計画の中で30歳までにアメリカに留学するというのは決めていたので、今がチャンスじゃないかと思い、インターフェイスにすぐ相談に行ったわけです。

97 年の5月にインターフェイスを訪れ、最初に相談したのが、ジャーナリズム・スクールか、MBAかということでした。わたしが「私の友人はみんな金融関係からMBAだけれど、わたしはメディアだからジャーナリズムの方がいいのだろうか」と言うと、ルクレア先生のアドバイスは「人生の可能性が開けるのはMBA だろう。ジャーナリストを極めたいという強い意志があれば別だけれど、まだ自分の進む道を決めかねていて、可能性を広げたいというのならばMBAだ。ジャーナリズム・スクールから他業種へいくことは難しいが、MBAからはどんな業種にでもいける。メディアから行く人は少ないから逆に強みになるし、ビジネス・スクールも金融以外からの出身者を歓迎している。」ということでした。

それまでもやもやしていた自分の気持ちがさーっと晴れるようでした。そしてビジネススクール1本に絞ろうと決意したわけです。






2. 願書取り寄せ

願書は早めに多めに取り寄せてください。
わたしの失敗は、市販されているMBA本の限られた情報から、勝手に自分が受けたいなあと思う学校を決めて、それしか取り寄せなかったことです。いざエッセイというときになり、デバリエ先生から「この学校も受けてみよう」と言われたときに、願書がなく、学校のhomepageからあわててdownloadしたこともありました。最近はfreeで送ってくれる学校が多いので、事前に20校ぐらい、取り寄せるだけ、取り寄せることをおすすめいたします。






3. TOEFL

TOEFL は受験場所によってlisteningのスピーカーが全然違うため、受験する年の1月ぐらいまでまとめて、音響のいい会場に垂オ込みをされた方がいいと思います。個人的にいいスコアがでたのは、日米会話学院(四谷)とNevada-California(新宿)です。一般的に追加会場はその名のとおり、間に合わせの会場が多いので要注意です。

TOEFL対策としては、インターフェイスのリスニング(Private Training)、模試、それに加えて他校のTOEFLコース、通信教育、ETSのOfficial問題集などを活用しました。わたしの場合、仕事の都合で本格的な受験勉強は7月からだったため、Scoreをあげるのが本当に苦労し、あらゆるものに手をだして勉強しました。結局600を越えたのが9月で、630を越えたのが12月で、追送した学校もあります。TOEFLは受験数と慣れだというのが私の実感で、早めに始めた人がやはり有利です。






4. GMAT

97 年の6月のGMATはコンピューター(CAT)にかわる前の最後の試験で、非常に高得点が出たと後から聞いたのですが、わたしは海外出張で受験できず、 10月からのCATを受けました。インターフェイスの受講者にも6月で700点を越えたという人がゴロゴロいたので、大変なプレッシャーでした。

GMAT は、インターフェイスのGMATコース、マラャ刀AAWA通信コース、模試に加えて、他校の数学コース、Official Guideで勉強しました。しかし結局準備期間が短かったため、毎月受けたにもかかわらず640までしか上がりませんでした。ある市販のMBA本には「TOEFL/GMATのスコアの準備だけで1年をかけるべきだ」と書いてありましたが、理想は本当にそうだと思います。ただ、インターフェイスのカウンセリングを受講すれば、Scoreでおくれをとっていても、エッセイで逆転が可能だということだけは申し上げたいと思います。






5. Essay

Scoreでリードできなかった私がなぜ合格できたのか?
それはやはりデバリエ先生のカウンセリングによるところが大きいです。

エッセイでは、自分の人生やこれまでやってきた仕事を見直して、そこからビジネススクールが欲しがる資質をアピールしていくことが必要になります。しかしその抽出作業を一人でするのは至難の業です。受験者のどういう性格を、どういう経験を、どのように浮きぼりにしていくか。それを適切に判断してくれるのがインターフェイスのプロのカウンセラーです。「一応書いておこうかな・・・」とついでに書いていったことが実は重要だったり、自信満々で書いていったエッセイが即ゴミ箱ということは、何度もあります(残念ながらそのコツが分かってくるころには、エッセイカウンセリングは終わっているのですが)。

ビジネススクールに「欲しい!」と思わせるエッセンスをちりばめるのがカウンセリングで、それが十分でないと出願しても無駄なのです。私は一度、あせるあまりに「この学校のエッセイはこのぐらいの期間でおわるでしょうか」とせかして聞いたことがありましたが、そのときは「文法だけ直すんだったらいますぐできるが、そういうのを望むのならば、他の予備校へ言ってくれ」とピシャリと言われました。

このようにエッセイカウンセリングは、毎回が真剣勝負です。「なにもそこまでバキバキにうたなくても」と思うこともたまにありますが、それを乗り越えて、どんどん先生と議論を戦わせてください。(たとえ負けても—)。そうすることによって、売り込むべき自分の姿が見えてきます。






6. Interview

わたしはセイザー先生に指導をうけましたが、必ず一度はInterview-Trainingを受けた方がいいと思います。インタビューの際に、答えの中身が整理されて、受け答えがスムーズに行きます。Admission Interviewの場合、日本企業の就職面接とは全く違うので、力の抜き所と逆に気をつけるところを最終的にチェックすることができ、非常に役立ちました。






7. 終わりに

実質8ヶ月の受験対策でしたが、TOEFL/GMATを1月まで受けながらエッセイを書いていくのは、精神的にもつらいものでした。「何ごとも早めに・・・」。スコアの合格者平均が急上昇している現在、心からそうおすすめします。

しかし満足するスコアがまだ出ていない方には、私の体験がすこしでも励みになればと思っています。インターフェイスならばそれば可能です。98年の年始に、デバリエ先生から「君は(GMAT 700点の人にくらべると不利だけれど)必ずTOP-SCHOOLに合格すると確信している。もし1つもだめだったらお金をかえす。」とE-Mailをいただいたときは、本当に”泣けるほど”励まされました。

メディア業界からビジネススクールへいく人はまだまだ少ないようですが、わたしは最終的にMBAにしてよかったと思っています。自分がこれまでやってきた仕事に対して新たな見方ができるようになりましたし、留学前にも合格者パーティーなどでいろんな業種の人たちと知り合うことができ、視野が広がりました。

今となっては、無謀ながらも、思い立ってすぐ行動したのだけは成功だったと思います。わたしの体験がこれから受験されるみなさんの少しでも励みになることを願っています。





大学院留学 合格体験記
Columbia (コロンビア MBA) Class of 2000