Maryland MBA 合格体験記

留学先:メリーランド (Maryland MBA)

大学院出願準備記(出願エッセイ、インタビュー対策など)
MBA合格体験記 No.261






社費留学
TOEFL 260 / GMAT 620
W/E 9年

【はじめに】

恐らく短期集中型の部類に入るかも知れませんが、当初の志望校には1つしか合格できず。いろんな先輩方の「テストは早くいい点を取っておけ」というアドバイスを知りながらそれが実行できなかったのは悔いが残ります。しかし、今は前向きに与えられたチャンスをまっとうするべく秋からの生活にワクワクしているところです。その上でもInterfaceに出会えたことは非常に幸運でした。この体験記が後進の皆さん、およびInterfaceのますますの発展のために少しでも貢献できれば幸いです。

尚、Interfaceについての情報収集を目的にここを見ている方は【エッセイ】まで飛ばしてください。

【スケジュール】

かなり細かく書きましたが、参考になれば。

2004年10月 部長より会社の留学制度の紹介あり、1週間後に応募。
2005年1月 留学候補者決定
2005年3月 TOEFL 240
2005年5月 GMATの勉強を開始(某予備校) 。
2005年6月 Interfaceの存在を会社の留学生の先輩から聞く。
2005年8月 もう定員いっぱいかなと思いつつInterfaceへ→人員に空きがあり入塾。
2005年9月 TOEFL 260の時点でカウンセラーより「GMAT専念せよ」。
2005年9月 GMAT初回 570・・・唖然。
2005年10月 GMAT 2回目 600・・・伸びるも全く微小。
2005年10〜11月 デバ氏のエッセイセミナー受講、インタビュークラス受講、エッセイカウンセリング開始、
         各学校説明会、MBA fairなど
2005年11月 GMAT 3回目 570・・・勉強の成果なく、焦燥感つのる。志望校変更を余儀なくされる。
2005年12月 GMATの新ルール「間30日」を知り、慌てて受験・・・550。絶望に暮れつつも、辞めるわけにはいかず。
2005年1月 最後のGMAT 620。最後で最高点は良かったが、及第点のかなり下。
2005年1〜2月 当初の志望校を含めて10校出願。
2005年2月初頭 U of Marylandのインタビューを東京で受験。
2005年2月下旬 5校を訪問し、インタビュー受験。
2005年3月 3rd Roundの学校を5校出願。
2005年3〜4月 Interviewを受けた学校&東京受験のMarylandからの合格通知。
2005年4月 会社との相談の結果、U of Marylandへ入学を決意。
2005年4〜5月 当初の志望校からの不合格通知の連続。

【留学決意の経緯】

  技術者の自分がというのはありましたが、3年ほど前に受けた社内研修のミニMBA的なクラスは自分の進むべき仕事の分野に大きなきっかけを与えたのは事実です。そのころから漠然とMBAという3文字が頭にありつつも、会社をやめて、あるいは休職してというのは非現実的なものでした。そんな自分に舞い降りてきたこのチャンスはやはりどうしても逃したくないという思いが強く、何人かと相談しましたがある意味自分の決断は決まっていたと思います。しかし、そうではあっても設計とMBAは簡単には結びつかず、どうしたもんかなと思っていた矢先に入ってきたのがMOTという言葉でした。調べていくうちに、今はMBAの一部となっており、単独でこのスクールを開催しているところは少ないとわかり、あとはインターフェイスをはじめネットで数々の技術系MBAホルダーの体験記を読んで共感する部分を探していきました。

  入学を前にして今思うことは、日本はものすごい勢いで少子高齢化の道を歩んでおり、ビジネス環境が大きく変化するということです。自分の会社も例外なく人手不足+急激な外注化の波にさらされており、あきらかに日本人労働者が減っています。確かに少ない人手の中から優秀な人を育てるのも大切な取り組みでしょう。しかし、既に人口の少ない若年層を増やすのは不可能であって、日本の競争力維持には海外の力を借りるしかありません。要するに、日本が将来はオーストラリアやカナダのように多民族国家になっていくと考えています。そんな時代が来た時にMBAが必ず役に立つと考えています。

【TOEFL】

 在米経験があったのでリスニングは得意であった。しかし、3カテゴリを全て高得点というのがなかなかうまくいかず、260点。もっと上げる自信もあったのだが、担当カウンセラーのアドバイスに従い260点で終了。

【GMAT】

 上記の通り、及第点には遠く及ばずに5回を終了してしまいました。これが不合格に大きく寄与したのは言うまでもなくそれは非常に悔いが残ります。大した点を取ってない自分がアドバイスというのもなんですが、あえて言うならば「自分に合った勉強法を見つけるのがカギ」だと思います。Interfaceではない予備校にてGMATクラスを受けましたが、在米中に学んだ英語は、ある意味日本の予備校が前提とする「日本の学校で学んだ英文法」とは全く違うものだったみたいです。授業で連発される「○○法」とか「○○型」というのが当初チンプンカンプンだったのが後々になって尾を引いたみたいです。当然、予備校の授業も大いに役に立ちましたが、しっくり来るものではありませんでした。予算の関係と遠距離通学というのもあって複数の予備校を受けるわけにもいかず、参考書はネット検索の日々。某テスト対策サイトにはその異常なまでの予備校への敵対心にちょっとヒキつつも、参考にさせてもらいました。その他GMAT体験記を数々読んだりしているうちに4回が過ぎ、その挙句に最低点という大打撃を喰らい・・・そんな絶望感の中でなんとなく「これかな」という勉強法に出会えたのが年末でした。望みをかけた5回目は自分的には最高点でも及第点には及ばずでした。

  後進の皆さんはまたルールの改正もあるかもしれませんが、「5回ルール」と「間30日ルール」を念頭にスケジュールを組んでがんばってください。それと、当然ながらキーになる「模試」ですが、InterfaceのPC模試は活用できます。バージョンがあまりないのは残念ですが今後要望もあれば増えていくのでは。巷にある参考書やMBA fairなどで売っているCD-ROMにはかなり裏切られました。品質最悪。バグやフリーズ、テスト終了後に落ちる等のまさにPCを壊したくなるような衝動に何度かられたことか。製造元に問い合わせようにも無駄に時間を食って適当にあしらわれるのが関の山。会社から借りた参考書のCDはキレイに返しましたが、買ったCD-ROMは木っ端微塵にしました。尚、Official Guideに沿ったCD-ROMは問題なく動きます。ただ、知ってる問題にも出くわすので実力が試されるかどうかは難しいところです。すいません、ちょっとグチになりました・・・

【エッセイ】

 当初、担当カウンセラー名を告げられた時にどんな人かなとここを探しましたが、あまり多くの情報がなかったので少し不安な部分もありました。しかし、デバリエのセミナーからどのカウンセラーも業界最高級の方々が揃っているだろうと確信でき、スタートすることにしました。今回、私の体験記が少しでも彼の参考情報になれば幸いです。

  他のカウンセラーとの比較はできませんが、彼は非常にプロフェッショナル意識が高いと思いました。各セッションの与えられた時間に必ず1課題もしくは2課題のエッセイチェックを仕上げるその仕事ぶりには舌を巻きました。

 毎回のセッションにアサイメントが与えられ、提出する学校のエッセイトピックについてドラフトを送るのですが、手放しで誉められたことは少なかったです。やはり質問の意図をつかんでいないというか、的外れなエピソードを延々書いて「使えない」と何度言われたことか・・・WhyとProfessional Achievementについては比較的スムーズにいきましたが、日本人特有の弱さというか、Personal achievementとFavorite quoteなどのトピックスは苦労したことを覚えています。

  私が彼のすごさを感じたのはこのような使えないドラフトを書いてしまった時でした。セッションの朝に登校して、開口一番「使えん」と言われるのはショックが伴いますが、やはりここからどうするかは数々のトップスクールに生徒達を送り込んできたプロの手腕に頼るのが一番と思います。そこにお金も払っているわけだし・・・ 彼はいつも質問の意図を詳しく説明してくれ、
そこからどういうエピソードを考えるべきかを指示し、ある決まった時間までに簡単な数行のエピソードを書かせます。この時のプレッシャたるもの相当なものですが、有無を言わずとにかく書くしかないです。それが再度「使えん」ということも1・2回ありましたが、それを恐れてまた何も書かないのは最悪ですから。こんな「危機」を数々乗り越えて「使えん」から「これならアドミも感動するはずさ!」へ仕上がった時の充実感は今も懐かしい思い出です。

  インターフェイスへ通う後進の皆さんへは、カウンセラーの質についてはまず問題ないと思ってください。それはこれまでの実績が何よりですが、私の場合はデバリエ氏が「ティーチングスタイルは様々だが、クオリティについては全責任を私が負っている」という一言に安心できた部分がありました。ほとんどの学生は一例を見ることになると思いますが、まずもって「外れ」と感じる方はいないでしょう。強いて言えば、人と人との相性みたいなことがあるかも知れませんが、こればかりはやってみなければわかりません。大切なのはみなさんの覚悟だと思います。コースにもよりますが、カウンセラーを一度変えることができるオプションがありますが、デバリエ氏も数々の学生を見てきた方です。アセスメント・ミーティングを含む限られた情報から学生に合ったカウンセラーを指名する腕は信頼して間違いありませんし、なにより「誰とでも必ずやりきる」という強い意志が良い結果を残すんだと思います。

  インターフェイスのレッスンの中心になるエッセイセッションは苦労も伴いますし、挫折も味わうと思います。しかし、最後にすばらしいものが出来た時の充実感と、自分の意外な一面について500単語ほど書く経験はそうそうありません。一つの自分探しみたいに思えたらしめたものです。入学審査の大事な一部分、エッセイをクリアしたようなものですから。

【インタビュー】

  ここまでの文章で書き疲れの感がありますが・・・ 月並みですが平常心で臨むのが一番かと。日本の入学や入社面接とは違い、相手は落とそうと思って会いに来ることはないと思います。それまでの書類審査で通っている場合がほとんどなので、あまり及第点という考え方は当てはまらないような気がします。逆に、あまりに卑屈になるとか、「こんなこと言ったらまずいんじゃないか」的なことを考えすぎて黙り込むのは最悪です。聞かれた質問に素直に回答することを心がけて、あとは変化球に対しての多少のシンキングタイムはセーフだと思った方がリラックスして臨めるような気がします。もっと言えば、「この場で私という人間を評価してもらい、本当に学校に合わないと判断されたならばむしろ不合格にしてもらった方がいい。あまりにいい子ぶってウソの自分で合格して、入学後に違和感を感じるのは不幸。」ぐらいの考えで行けば、素直な自分が出せると思います。当然ながら、簡単なことだとは思いませんが。私の場合は過去の在米経験からもインタビューには比較的自信満々で臨んだ方だったのであまり参考にならないかも知れません。

【最後に】

  技術色の強い会社でエンジニアとして従事している自分がMBAを取りにいくことがすんなり会社に認めてもらえるかが最初は不安でした。当然ながら、インターフェイスに来た時には既に了解を得てのことでしたが、本格的にMBAとは?魅力は?何ができる?どういう人がいる?技術者はどれくらいいる?などの情報を肌で感じることができたのは数々のセミナーやレッスン、そして他の留学候補生達との交流でした。

  通学前はどちらかというとスパルタ教育のイメージが先行していましたが、そんなことはなく、(かといってぬるいと言ってるわけでもありません)全ては自分のやる気と「こだわり」が左右すると改めて感じています。

 最初は留学生の先輩からの情報の一言がきっかけでインターフェイスに通うことになり、本当に多くを学びました。渡米を前にしている今となっては「入学までだけをアシストするのではなく、MBA取得後のことまで考えてサポートしているコンサルタント会社」というフレーズに感銘を受けた自分を覚えています。OBの一人として陰ながらサポートできれば幸いです。(この体験記が遅くなってしまったことは申し訳ありません!)

  デバリエをはじめとするカウンセラー陣・小林・小貫・小粥様をはじめ、スタッフの方々には大変お世話になりました。今の私があるのも皆様のおかげだと思っています。末筆ではありますが感謝の言葉とさせてください。

 今後についてはもっと地方の留学生が増え(特に東海地区?)東京以外のスクールが増えることを期待します。そうなれば、いろんな説明会やMBA Fairなども地方開催が増えたり、結果的に学生の交通費負担が軽減されたり、何より日本人MBAホルダーがもっと増えるきっかけになると思います。とはいえ、まずは志願者が増えないと・・・スクールが先にできて志願者が増えるというのは有り得ないでしょうから・・・





大学院留学 合格体験記
Maryland SmithMBA(メリーランドMBA) Class of 2008