Michigan LLM 合格体験記

留学先:ミシガン (Michigan LLM)

大学院出願準備記(出願エッセイ対策など)
MBA合格体験記 No.023






1995 年4月に留学候補生として現在の部署に配属された時から、私の米国ロースクール留学に向けての準備が始まりました。辛くも第一志望のミシガン大学ロースクールから合格通知を受け取った現在、これからロースクールへの留学を志されている方々のご参考になればと考え、この期間の私の思いを中心に徒然と述べてみました。なお、文中では「ロースクール」と「LLM(MCLなど類似のプログラムを含む)」は同様の意味で使用しています。



1. 英語迫ヘ試験 (TOEFL/TWE)

LLM, MBAなどへの留学を目指す企業派遣生の大半がそうであるように、私も英語の勉強は大学入試以来でしたし、当然のことながら海外在住経験もありません。 495点(社内選抜試験)から始めたスコアが最終的に640点(95年9月)まで到達したのは、少しは努力したということとインターフェイスという良き指導者に出逢えたことが大きかったと思います。インターフェイスでの英語コース全体を振り返って思うことは、彼ら全員が教育者としてプロフェッショナルであるということです。得点が伸び悩む時期や自分の英語力に懐疑的になっていた時期も、彼らの一貫した指導のおかげで無事に乗り切ることができました。

(1) TOEFL

私が受講したのは、アフタヌーンTOEFLクラスです。授業は英語で行われるので、最初は取っつきにくいのですが、今から思えばそれが英語で考えることのきっかけとなったように思いますし、何よりもリスニング力の向上には計り知れない好影響があったと思います。NYUがTOEFLの最低スコアを「トータル 600点以上、各セクション60点以上」という厳しい条件を掲げていることに代表される通り、このセクションのスコアアップは他の出願者との差別化という意味で他のセクション以上に真剣に取り組むべきだと思います。

(2) TWE

実施回によってはTOEFLと併せて TWEも実施されますが、LLMの場合自分の論述力を公式スコアで示すことのできる唯一の機会であり、良いスコア(4.0以上)はアドバンテージと考えるべきです。NYUなどでは必須要件でもあります。5月の TWEでは3.0であったため、危機感から自分なりにいろいろと練習を重ねましたが、一番良かったのは、インターフェイスのFAX Writingコースであったように思います。上述のような重要性を持つにもかかわらず、TOEFL自体のスコアが伸び悩む時期にTWEに時間を割くのはかなり勇気のいることでしょう。しかしながら、このコースを活用して1週間に1課題ぐらいのペースで、練習を続けるべきだと思います。私の場合、8月の TWEで5.0を得点することができました。

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・合格校:Michigan, NYU, Wharton, Northwestern, Washington (Seattle), Indiana, etc.
・不合格:Harvard, UC Berkeley
・勤務先:生命保険会社 / 年数:6年
・TOEFL:640(60, 68, 64)
・GPA:3.62
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2. エッセイ・カウンセリング

(1) エッセイで何を述べるか

周知の通り、LLM受験にあたっては、TOEFL及びGPAと共に重要なのがエッセイです。ここでは、自分の法学部時代の履修内容、入社後の法的なバックグラウンドを述べることになります。MBAなどに比べて、純学術的側面の濃いLLMにおいては、自分の中にある「法的なもの」が全てであり、それを深掘りし、さらに法律家としてステップアップする橋渡しになるものとして、LLMが位置づけられるわけですから、法的なバックグラウンド以外の事柄は合否に何ら影響を与えないといっても過言ではないと思います。この時点で、私が弁護士であったり、内閣法制局員であったり、大学教授の息子であったりすれば何ら悩むこともないでしょう。しかしながら、私を含めた企業派遣生の多くが、法務関係の部署に所属する一企業人であり、場合によっては法律とは全く関係のない仕事に入社以来従事していたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

幸い、我々LLM出願者はほぼ全員が一流国立・私立大学の法学部出身です。大学時代に従事したゼミ、得意だった(成績の良かった)法律・授業、法律的な知識を要する分野での就業経験などをフルに動員して一貫した法的キャリアをまとめ上げなければなりません。これは作り上げるのとは違います。意識していないだけで、大学で養った法律的素養はきっとこれまでの業務経験・考え方に少なからず影響を与えていたはずです。ここがエッセイ作成作業のなかで最もタフな部分だと思います。大いに悩むべき時期です。悩んだ先にはきっと光が見えてくるのですから、自分のキャリアを見つめ直す良い機会として、真剣に悩み、考えてください。私の場合、ただやみくもに悩み続けたのですが、今から考えると、何にポイントを置いて悩むべきかについてもカウンセリングすべき項目であったと思います。

(2) エッセイ・カウンセラーに求められる資質

インターフェイスのカウンセラーは、ここでも大きな力になってくれることでしょう。ある時は、自分が素晴らしいと信じて書き上げた一節を否定されてしまうかもしれません。しかし、出願先の選考委員に否定される前でよかったと思って下さい。そもそも、我々は大陸法の国で学んだ法律家であるわけで、それをそのまま英語に直訳しても、過去の業績を称えるヒントにはなるでしょうが、それを衡平法の国の法律家をして、「我々の下で勉強するにふさわしい」と言わしめる根拠にするのはいささか乱暴であるような気がします。この判断ができることこそがカウンセラーに求められるものであると思います。日本に根づき日本人を理解し尽くした米国人と、米国の教育事情に精通した日本人カウンセラーのどちらを取るべきかはある種の究極の選択ではありますが、我々日本人が素晴らしいと思うことが米国人にとってそうでなかったり、その逆も大いにあり得るのです。

インターフェイスのカウンセラーを選ぶことの利点は、これを判断する五感なり六感を彼らが持っていることにあります。彼ら自身「自分が日本の教育機関に入学するならネイティブ(この場合、日本人)のカウンセラーに相談する」と言っているように、同様のことを伝えるのに、受け手(この場合、大学の選考委員会)にどのように映り、どうすればより印象的にプレゼンテーションできるかという判断は、選考委員と言語及び文化を共有し、同様の言語で考える人の手によるのが最も効果的なアプローチであるというのが私の経験から得た結論です。



3. 学校選択

学校選択についても、当初NYUを第一志望としていた自分ではありましたが、カウンセリングの過程でアメリカ=ニューヨークという私の幼稚な思い込みは徐々に姿を消し、担当カウンセラーが心から愛する都市シカゴに所在するノースウェスタン大学、そして最後にはマサチューセッツと並び称される美しい学術都市アナーバーにあるミシガン大学にたどり着きました。最初の自分の選択も決して間違ってはいなかったと思いますが、結果として、私が選んだアナーバーは、どこよりも知的な輝きを放つ憧れの地となりました。

現在はミシガン大学入学のための書類のやりとりを行いつつ、サマースクール出願の準備をしています。出願先はやはりミシガン大学夏期法律英語講座にする予定です。ミシガン大学は、英語教育に非常に力を入れていることでも有名で、 MELABという独自の英語試験も運営しているほどです。自分のコミュニケーション能力を少しでも高め、秋学期からの法律の勉強をより実りのあるものにするためにも最高のロケーションだと考えています。



4. この1年間を振り返って
私にとって、1995年4月に始まるこの1年間は、極めて印象深いものでありました。一つには、「絶対に合格しなければならない」というプレッシャーと「進捗度合いが実感できない」というジレンマの下での必死の1年間であったということです。スポンサーの経済的な後ろ盾をもらって準備する企業派遣生の宿命でもあるわけですが、これがどれほど精神的につらいものであるかは実際に経験した者でないと分からないかもしれません。

それ以上に印象深いのは、自分のキャリアについてじっくりと考える機会を持つことができたことです。私がこの期間に手に入れた最も大きな宝は、プレッシャーとジレンマで極限まで追いつめられた自分が、言葉も考え方も違う国への留学を目指して、自分のキャリアプランについて悩み続けた先にあった精神的な成長であり、さらなる成長への動機づけであったと思います。これから留学を志し、準備にいそしまれるみなさんの努力が満足に裏打ちされた大成功となることを心からお祈りして、私の合格体験記を終わりたいと思います。





大学院留学 合格体験記
Michigan Law School LLM(ミシガン ロースクール LLM) Class of 1998