Northwestern MBA 合格体験記

留学先:ノースウェスタン (Northwestern Kellogg MBA)

大学院出願準備記(出願エッセイ、インタビュー対策など)
MBA合格体験記 No.285






■■【はじめに】

私が本格的に受験を開始したのは約1年半ですが、インターフェースのホームページは実にもう5年以上読んでおり、「いつか自分も」とやる気の源泉となってきました。今回は、自分が体験記を書ける立場になったことを感謝しつつ、できるだけ具体的に、当時考えたことや不安に思ったことを中心に記したいと思います。

■■【ステータス】

業務経験:コンサルティング3年、事業会社(経営企画)3年
留学形態:私費(退職)
TOEFL:270(L26、S26、R29、W4.5)
GMAT:710(Q49、V38、AWA5.0)
GPA:3.4(学部卒/社会学)
英語経験:海外居住経験はなし、大学時代に英語部でディベートに従事、
       コンサルティングで英語プロジェクト(1年)

受験校:Columbia, Chicago, UCLA, MIT, UCB, Kellogg, Wharton, HBS, Stanford
面接校:Columbia, Chicago, UCLA, UCB, Kellogg, Wharton
合格校:Chicago, UCLA, Kellogg(進学校)

■■【受験スケジュール】

2005年10月:観光を兼ねて学校訪問(Harvard, MIT, Stanford, Insead)

*授業を見学したり在校生の話を聞いたりして、MBAのイメージを掴み、受験を決断しました。(訪問した学校の内、サマーインターンの機会がある2年制MBAに受験を絞ることにして、最終的にInseadは受験しませんでした)

2005年11月:インターフェース初訪問(コース説明を聞く)

*基本的な料金システムを小林さんから聞きました。利用希望のAコースは5校以上の出願が条件とのこと(この時は5校も出せるかな、と思っていました)心配だった費用も明確になりました。まずは、テストスコアを上げることが先決と考え、12月よりGMATを別予備校で始めることに。

2006年3月:TOEFL終了(4回目、270点)

*素点283ながら、TWEが痛恨の4.5でまさかのトータル270に。次月は5.5だったのに、と涙を飲みました。この後5回ほど受けましたが結局これが提出スコアに。GMATと異なり、「1回1回が勝負」という覚悟がTOEFLには足りなかったと、反省しています。

2006年4月:MGSCコース開始、ストーン氏のAWA Writingコース受講

*GMATに比重を移すべくAWAコース開始。今思えば、このコースをTOEFL受験前に受けるべきでした。イシューの考え方はTWEに応用できます。この頃は電車の中、図書館の中、トイレの中等どこでもGMATの勉強(単語カードのような問題カードを使用)ばかりしていました。

2006年7月:エッセイカウンセリング開始

*GMATの点は目標に達していませんでした(660点)が、見切り発車で(自分を追い込む意味でも)エッセイカウンセリングを開始しました。実績がある(と思っていた)デバリエ氏を希望しましたが、別のカウンセラーを提案されました。そのカウンセラーと会談したところ、威風堂々(威圧感?)のデバリエ氏に対し、非常に物腰やわらかでフレンドリーな点が印象的でした。デバリエ氏でないと効果が薄いのでは、と非常に迷いましたが、6月の「合格の術」というインターフェース合格者セミナーでの情報(このカウンセラーがHBSに3人合格させた)を信じて、彼とカウンセリングを進めることに。

2006年8月:GMAT終了(3回目、710点)

*幸運にも初旬に目標点を達成し、(GMATでは、ほぼ完全に準備ができてから連続で受けたことが、スコアメイクにつながったと考えています)エッセイに本格的にシフトすることに。Why MBA(最重要テーマなので、個別の学校のエッセイに入る前に、ここから固めます)や推薦状のアイデア(学校毎に異なり大変でした。ただし、色々な角度から自分を見ることでエッセイのよいヒントにもなりました)を担当カウンセラーと練る中で、あまり私の書いた内容に厳しいコメントがなく(「よいと思うぞ」「こうするともっと分かりやすいぞ」等ポジティブなコメントが多かった)、不安になることも。

2006年9月:集団インタビュートレーニングコース受講

*Columbiaエッセイの最終化と並行して、インタビュー(以下、面接)トレーニングを受けました。この頃から追加セッションを最低週1回は入れることに。トレーニングとエッセイの相乗効果は確実にある(口でうまく説明できない内容は、文章でもイマイチなことが多い)ので、早期受講してよかったと思っています。比較的準備の進んでいる受験仲間が出来る(刺激になる)のもメリットだと感じました。また、この時期に受験スケジュールもカウンセラーと相談して仮確定(結局これが最終順序に)しました。デバ氏からは「自信過剰になるな。Safety Schoolを受けろ」と言われましたが、彼から「君は私費だから本当に行きたいところを受験しよう。全滅なら来年またやればいい」と言われ、本命のみの受験としました。(後からエッセイ作成やデータフォーム入力、面接対策などの工数を考えると、これで正解だったと思います)

2006年10月:1st Round5校出願(Columbia, Chicago, UCLA, MIT, UCB)

*追加セッションのピーク(週3回の時も)の月でした。Chicagoを前半に仕上げた後、UCLA、MIT、UCBを週に1校のペースで書くのは並ならぬプレッシャーで、受験を通して最もハードな時期でした。UCBでダメ出しが初めて本格的に入り(「何が言いたいのか全く分からん」「無駄な部分が多すぎる」等)、少し安心したことも(私が疲れていてドラフトの質が下がっただけかもしれませんが)。この頃から、個別の面接トレーニングも開始。私は、デバリエ氏と担当カウンセラーと主に訓練しましたが、デバリエ氏のアドバイスは担当カウンセラーとはまた視点が違い(個別の学校対策が秀逸)大変ためになりました。

2006年11月:上旬にColumbia面接、下旬に面接を目的としたビジット
         (Chicago, Kellogg, UCLA, UCB(説明会のみ))、Columbia不合格

*面接に呼ばれることで、エッセイで筋を大きく外していなかったと少し安心しました(が、すぐColumbiaが不合格で落ち込むことに)。Chicagoの面接インビテーションが来てすぐカウンセラーと相談し、1週間渡米して複数校面接することに。(これは私の英語力やバックグランド等を考慮してのアドバイスだったのですが、結果から見ると大成功でした)また、面接行脚での実際の面接でのやりとりや在校生との話は、その後のエッセイ作成に大変役に立ちました。

2006年12月:Chicago Wait、UCB面接

*面接や在校生との話(中でも、Kelloggのお二人【奇しくも双方ともInterface出身】には面接前に模擬面接までやっていただき、大変お世話になりました)をもとにKelloggエッセイを最終化。11月に面接対策等でエッセイが進まなかった反動で、12月半ばにWharton、年末年始にHBSとStanfordと再び強行スケジュールに突入することになりました。(年末年始のほんの数日を除き、ほぼ毎日追加セッションを入れました)ともあれ、これで一息つけると思っていたのですが、ChicagoのWait通知を貰い「9校やっと終わったのに、またエッセイ書かなきゃいけない!」とぐったりしてしまいました。

2007年1月:2nd Round4校出願(Kellogg, Wharton, Harvard, Stanford)、
       レギュラーカウンセリング終了、UCLA合格、UCB Wait、MIT不合格

*正月は帰省せずに、ひたすら4校の原稿チェックでした。チェックするたびに誤字や微修正が見つかるので、結局5回くらい紙出しをして確認することに。中旬にUCLAの合格をメールで受領し、TOEFLやGMATの思い出が走馬灯のように思い出されました。(カウンセラーとデバリエ氏にメールを出したところ、数十分でCongratulationの返事が来たのをよく覚えています)ChicagoとUCBのWaitlist対策をするはずが、ついつい先延ばしに。

2007年2月:追加カウンセリングでChicago, UCBのWaitlist追加書類作成、Wharton面接

*気を取り直して、Chicago/UCBの追加書類を作成。「何を出すべきか・書くべきか」の戦略面をデバリエ氏と、「どう書くか」のコンテンツ面をカウンセラーと進めていきました。Chicagoの追加エッセイは、複数の卒業生とのディスカッション(Wait後に実施)を元に作成し、大変満足できる内容になりました。追加書類も最初のエッセイと同じくらいの工数がかかり、実質11校分書類を作ることに(後でも書きますが、これは費用に跳ね返っています。。。)。また、月末には最後の面接をWhartonと実施。会心の出来と思いきや、面接官(アドミ)にはそうは響かなかったようです(受験を通して、面接の感触は全くあてになりませんでした。その意味でも、一定数の学校を受験したのはよかったと思っています)。

2007年3月:Kellogg合格、Wharton不合格、HBS不合格、Chicago繰り上がり合格

*KelloggとChicagoの両校から合格を頂き、非常に贅沢ながら難しい選択に直面することに。

2007年4月:Stanford不合格、UCB Withdraw

*合格者同士のイベントや卒業生の方との話を通じて、進学校をKelloggに決定。

■■【受講前の期待(と実際)】

・強力な締切効果

期待通りでした。2時間4万円(担当カウンセラー)のカウンセリング料は、なんとしてもドラフトを仕上げなくてはならない気持ちにさせてくれます。費用だけでなく、カウンセラーに対して「こいつはやる気があるな」と思わせたいという気持ちも、締切効果に寄与したと思います。

・質の高いカウンセリング

期待以上でした。エッセイカウンセリングはもちろんなのですが、面接での個別学校対策、そしてカウンセラー・日本人スタッフによるきめ細かなサポートなど総合的なサービスとして優れていたと思います。面接対策では、面接官が聞いてくるであろう質問、こちらから聞く質問、そして学校への殺し文句(なぜ、その学校でないとだめか)の練習を学校個別に、更に複数のカウンセラーと訓練でき大変役に立ちました。また、学校に打つメールの文面、学校に出す封筒の形式、面接時の服装等わかっているようでも自分ひとりでは確信がもてない事柄に対して、カウンセラーやスタッフの方が即時に対応してくださったのは、本当に助かりました。

・優秀な受験仲間

これは期待を遥かに超えていました。面接トレーニングで同じクラスになった仲間(私を除き7名)はDuke、HBS、Kellogg(2人)、LBS、MITと皆がトップスクールに進学しています。この結果は圧倒的だと思います。これは、9月の早い時期のクラスだからというわけではなく、(合格後に分かったことですが)非常に優秀な仲間が多数インターフェースに通っていました。

■■【受講前の不安点(と実際)】

・カウンセリングフィーが高価すぎるのでは?

総額は、受験する学校数と個人の進行ペースによりけりですが、大きな投資であることは間違いありません。5校程度で45時間(95万円程度)がインターフェースが説明の時に提示したモデルケースで、私の場合、追加カウンセリングを使いながら実質11校分やったため200万円半ばに達しました。受験校が増えた分高価になりましたが、サービスの質および結果に満足している点と当初の説明から乖離がなかった点から、十分納得しています。

・メインカウンセラーがデバリエ氏でないと、効果が半減するのでは?

カウンセラーにはそれぞれのスタイルがあり、私には彼のスタイル(クライアントの書きたい内容を尊重した上で、発展させる・分かりやすくさせるためのアドバイスを出す。大筋の否定はほとんどない)は合っていたと思います。カウンセリングを始めて数ヶ月を過ぎるあたりから、「正にそれが言いたかったんだ」と唸るほどの「あうんの呼吸」が実現できました。また、デバリエ氏とも、面接トレーニングやWaitlist対策の個別カウンセリングを通して意見を何度も交換することができたのは、予想外の収穫でした。

・社費ばかり合格していて、私費の合格は少ないのでは?

(今年の受験結果を見る限り)そんなことは全くなく、私の面接トレーニングクラスでは、8人中、2人が社費6人が私費でした。社費/私費のステータスよりも、バックグランド(面白い/ユニークな仕事をしているか)とテストスコア(トップスクール合格者の大半はインターフェースが推奨しているTOEFL270GMAT700付近の基準を満たしている)の方が重要だと感じました。

■■【おわりに】

ここまで読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。MBA受験は大変長丁場でストレスフルなプロセスですが、終わった今は、体力、精神力、そしてキャリアや人生に対する考え方が鍛えられたと感じています。信頼できるアドバイザー、そして仲間とともに皆様が目標を達成されることを祈念しております。最後に、デバリエさん、ストーンさん、ホリウチさん、小粥さん、小林さん、小貫さん、1年半にわたり全力でのサポート本当にありがとうございました。





大学院留学 合格体験記
Northwestern KelloggMBA(ノースウェスタン ケロッグMBA) Class of 2009