Pennsylvania MBA 合格体験記

留学先:ペンシルべニア (Wharton MBA)

大学院出願準備記(出願エッセイ、インタビュー対策など)
MBA合格体験記 No.240






合格先:Pennsylvania (Wharton)、Emory (Goizuet), Duke (Fuqua), Georgetown (McDnough),
    USC (Marshall),Texas-Austin (McCombs)

「MBA 留学がしたい。」そう思い立ってインタフェイスのドアを叩いたのは2003年の4月のことでした。それから足掛け2年、様々な紆余曲折を経ながら、おかげさまで第一志望であるPennsylvania大学(Wharton)より合格を得ることができました。ここで私の受験プロセスを簡単にご紹介させて頂きます。


【バックグラウンド】

1)海外生活経験:5年(小学校1年〜6年)
2)某私立大学 GPA 3.2
3)勤務歴(受験開始時):4年
4)勤務先:某通信会社(国内の法人営業担当、海外出張・赴任などはなし。)
5)私費
6)TOEFL: 273 (L30/S27/R25/W5..0)…2003年5月
7)GMAT: 690 (V35/M48/AWA4.5)…2004年11月



【受験スケジュール】

2003年 1月:MBA留学を決意。TOEFL受験開始。
2003年 4月:インタフェイス訪問。
2003年 5月:TOEFL273点。(30,27,25,5.0) TOEFLの勉強からGMATの切り替える。
2003年 8月:初GMAT受験。610点。ここからGMATとの苦闘が始まる。
2003年 9月:GMAT2回目。600点。独学での勉強を強化。見切り発車ではあったが、
       エッセイ作成をインターフェイスで開始。
2003年10月:GMAT3回目。590点。かなりできたように思うも点数が上がらず、焦りを感じる。
2003年11月:GMAT4回目。580点。
2003年12月:GMAT5回目。550点。今年度の受験を見送り、来年度の受験を決意。

2004年 3月:GMATの勉強再開。(独学)
2004年 8月:GMAT受験計6回目。610点。
2004年 9月:GMAT受験計7回目。600点。去年の悪夢が蘇り、急いでGMATの予備校に通い出す。
       エッセイも去年同様開始する。
2004年10月:GMAT受験計8回目。640点。なんとか点数は上がってきたものの、最低目標と
       考えていた650点には足らず。引き続き予備校に通う。
       ここで640点の持ち点を元に出願校ポートフォリオを考え始める。
2004年11月:GMAT受験計9回目。690点。狂喜乱舞。
       GMATの勉強からエッセイ作成に力をシフトする。
2004年12月:エッセイ作成本格化。12月中に1校出願。
2005年 1月:5校出願。
2005年 2月:4校出願。インタビューに呼ばれ始める。下旬にはEmoryより合格通知。
2005年 3月:インタビューが佳境。初旬〜中旬よりDuke,Georgetown,USCと合格通知を頂き、
       下旬にはWhartonから合格通知あり。



【 テスト・エッセイ・インタビュー対策】

[ TOEFL ] TOEFLに関しては2回目の受験でなんとか目標点を取ることができました。

[ GMAT ] 本当に苦労しました。正直これほど苦労するとは思っていませんでした。スケジュールでも書きましたが、1年目は勉強をすればするほど点数が下がるという、いわば下降スパイラルに陥ってしまい、本当に辛い思いをしました。すごくできた!と思っても結果を見てみると全然点数が伸びなくて、パニックになっていたのを思い出します。仕事の昼休みも惜しんでSCやCRの勉強をし、会社から帰っても家で過去問と夜遅くまで格闘する毎日を送っていましたが、点数が上がることはなく、結果として受験そのものを1年間遅らせることになってしまいました。

私の1年目も最大の失敗点は独学に頼りすぎたことだと思います。2年目の受験でまたしても点数が下がったとき、もうどうしたらよいかわからず、すがる思いで予備校通いを始めました。すると自分の正誤の判断基準が間違っていたことや、テクニックを使い切れていないことがよくわかり、その後はなんとか点数が伸び始め、2年目の4回目のチャンスでなんとか目標点を獲得することができました。本当に長い戦いでしたが、あきらめずに頑張って本当によかったと思います。

[ エッセイ ] 私のエッセイカウンセラーはルクレア先生でした。先生とのカウンセリングを始めたのは9月中旬で、まずルクレア先生に自分が今まで暖めてきた WhyMBA?を見せたところ、「これじゃどこにも受からないだろう」とバッサリ斬られてしまいました。そこからルクレア先生から与えられる課題をこなしていき、もう一度自分のWhyMBAを作り直していきました。その時点ですでに10月でしたので、これで本当に大丈夫なのかとかなり不安でしたが、ルクレア先生いわく、「必要なアドバイスはちゃんとしていくので問題ない」とのことでした。実際、ルクレア先生のアドバイスに忠実に従っていたら合格をできたようなもので大変感謝しております。

ルクレア先生は本当に「プロ」と言える仕事をしてくださったと実感しています。たまにエッセイの内容がテーマに合っていなかったりすると、添削はせずにそのままエッセイの再提出を求められることもありました。(その場合は時間外で添削をしてくださるという柔軟性も示してくださいました)。

受験校選びに関しても、私がKellggとWhartonの出願で迷っていて、Kelloggにしようと決めたのに対し、ルクレア先生より「あなたのバックグラウンドであればWhartonの方がよい」とアドバイスを頂き、Whartonへ出願を決めました。こう考えると私のWharton合格は本当にルクレア先生のおかげであるといって過言でないと思います。
また、当時私のアカデミックカウンセラーがデバリエ先生だったので、一般的な出願事項に関する質問をデバリエ先生に送ったところ、ルクレア先生から「君の出願状況は私が一番よく知っている。よって、受付にいってアカデミックカウンセラーも私に変更するように依頼をしてほしい。」と言うメールを頂きました。私の出願について全面的にバックアップしてくださろうとするルクレア先生の姿勢を本当に嬉しく思ったのを今でもよく覚えています。



[ インタビュー ] インターフェイスで2回練習をしました。特にWhartonのインタビュー前にはDevalier先生にカウンセリングをして頂き、大変有効なアドバイスを頂きました。結果としてインタビューに呼ばれたところには全て合格することができました。



【 最後に 】 

正直いって、最後の最後まで自分が合格できるか半信半疑でした。(結果としてCampusVisitも一校もできませんでした。)しかし、結果として第一志望の Whartonから合格をもらうことができて本当に夢のようです。私費でかつ女性ということで、なぜそこまで頑張る必要があるのかと周囲から言われることもありましたが、自分としてはチャレンジして本当によかったと思います。

Alumniの方たちとインタビューをしていて感じましたが、MBAを持っている方たちはみなさん、しっかりとした目標を持ち、輝いていらっしゃいました。
私も少しでもそのような方たちに近づけるように、今後頑張っていきたいと思っています。

最後になりますが、お世話になったインタフェイスのスタッフの皆さん、先輩、友人、そして辛いときや苦しいときも絶え間ない支援をしてくれた家族に感謝をしたいと思います。
本当にありがとうございました。





大学院留学 合格体験記
Pennsylvania WhartonMBA(ウォートンMBA) Class of 2007