Vanderbilt MBA 合格体験記

留学先:バンダービルト (Owen MBA)

大学院出願準備記(出願エッセイ、インタビュー対策など)
MBA合格体験記 No.401

合格体験記
合格校:Vanderbilt(進学)、Rochester、Purdue、Illinois、Thunderbird
金融機関勤務

【2011年6月】

出願校の結果も出揃った。結果は5校に合格。進学先は、その中からVanderbilt UniversityのOwenに決めた。MBA進学が実現したのは、ルクレア、デバリエをはじめInterfaceのスタッフの皆様のおかげであると感謝の気持ちでいっぱいだ。もし彼らのプロフェッショナルなサポートがなければ、合格はスケジュール的に困難だっただろう。

会社の引き継ぎ作業もほぼ完了しあとは7月に渡米するだけとなった。最近、渡米準備や送別会であわただしい中、ふと考えることがある。それは「MBAに興味をもったのはいつだろうか?」ということ。

今、回想も兼ねてMBA合格までの私の道のりを紐解いてみようと思う。これが今後、日本から海外のMBAへ進学する方への何かしらのヒントになればと願っている。

<プロフィール>
性別:男
職業:証券会社で営業7年。その前に通信会社の商品開発2年。
学費:私費
GPA: 2.8

【1980年~85年ごろ】

何もここまで遡らなくてもとお思いかもしれませんが、私はアメリカの小学校に2年通いました。その前の幼稚園を含めた期間を加えますと約5年間過ごしました。これはやはり大きかったと思います。当時の記憶はおぼろげですが、何よりも英語を話すということに物怖じしない姿勢が身に付きました。小学生の英語ですので、決してネイティブのように流暢ではありません、しかし、現地では一部の例外を除いて誰もが英語を話しています。英語は、高等数学のようにその道の教育を受けた専門家だけで通じるものではなく、コミュニケーションを実現するための道具であるということを、肌身で感じたことは貴重な体験でした。帰国子女に限らず、頑張れば英語は誰でもできるようになるし、コミュニケーションをとり続けている限り上達できると信じています。英語ができないから海外留学は無理だという意見もありますが、私は上記のように考えているので、英語を理由に留学をあきらめるべきではないと思っています。まだ、行ってないのであくまで「思う」のレベルですが。

【2000年】

日本の大学在学中にStanford大学の夏期プログラムに1ヵ月間参加しました。そして、いつかはアメリカの大学で学びたいとの思いを強くします。何より世界中から人材が集まるので、アメリカにいながらにして、世界中の学生と同じ環境で過ごせるという点が魅力的でした。当時知り合った友人は海外、国内問わず今でも仲良しです。ちなみに、いま振り返ると当時知り合ったアジア人の多くがアメリカの有名MBAに進学していることに気づかされます。

【2002年~2004年】

StanfordにてITサービスに興味をもち、大学を卒業して外資系の通信会社に入社しました。外資系企業を選択したのも、海外との繋がりを保っておきたいとの思いからでした。その当時から、漠然とアメリカの大学院進学を目指す気持ちがありましたが、本当に実現できるのか?どうすれば実現できるのか?との思いのほうが大きい日々でした。いずれにせよ、まずは資金集めということで、自分で働いて得たお金の一部を少しずつ、しかし着実に貯金していきました。

【2004年~2009年】

証券会社に転職しました。通信業界から金融業界への転職ということで、当初、文化の違いや専門知識の欠如に苦労しました。しかし、粘り強く仕事をしていき、徐々に困難を克服していきます。そうするうちに企業経営者相手のビジネスで、ビジネスを追求することの面白さと同時にビジネスには社会を改善していく力があることに気づかされました。また、あらゆるものに値段をつけ、予測を立てていくファイナンスの面白さも同時に感じました。ただ、この時期も留学計画はまだ漠然としたものでした。継続して資金集めに取り組み、ある程度資金の目途がついてきたものの、その後に発生した金融危機によって状況は一変しました。歴史的な変化を繰り返す毎日の中で、とりあえず日々のビジネスの中で歴史に立ち会うことに専念しました。変化の大きい毎日の動きの中で情報収集し、目の前のビジネスすることに専念しました。それまで、当然と思われていたことが、あっという間に裏切られる、ビジネスの恐ろしさを感じる日々でもありました。そんな中で、仕事であるプロジェクトに組み込まれます。そのプロジェクトは相手がある業務なので終了期限は不明。したがって、(漠然とした希望である)留学もプロジェクト終了まで延期せざるを得ませんでした。まずは目の前の業務に専念することに決めます。

【2009年秋】

金融危機も落ち着きが見てきていたときに佐藤知恵さんの「ゼロからのMBA」という本に出会いました。金融危機のあと経済情勢が混乱することが予想され、自分の将来を考えなくてはいけない中で、潜在的に過去の留学の夢が佐藤さんの本に出会うことになったのだと思います。佐藤さんの本では、まさに私と同じように漠然とした留学の希望から、米国MBAを実現する過程が書いてあり、私もこの通りにやれば留学できるのではないかと感じました。そうすると、米国留学の夢がむくむくと湧き上がってきます。以下の5点から、米国MBAに興味を持ちました(1)経営者相手の仕事でビジネスが面白くなったこと、(2)金融危機の前後を前線で経験してますますファイナンスに興味を持ったこと、(3)金融危機後のマクロ経済の展望を学びたいこと、(4)金融危機の震源地のアメリカで、アメリカの将来の担う学生が何を考えているのか知りたい、(5)将来的な夢であるソーシャルサービスに関しても学ぶことができる。しかし、その時はまだ先述のプロジェクトに組み入れられたままでした。プロジェクトがある程度進捗したといっても、プロジェクトが何時終了するかは不明。しかも誰もいつになればプロジェクトが終了するかわからない状況でした。したがって留学が実現するかは不明なままで、留学の夢は膨らむ一方という宙ぶらりんの状況でした。

【2010年1月】

プロジェクトの進捗ばかりを気にしていても、いつになるかわからないものなのでしょうがないと、とりあえず佐藤さんの本に留学カウンセラーとして紹介してあったInterfaceに資料請求をしました。以後、Interfaceからのメール配信サービスで情報収集し留学に備えます。同時に、TOEFLの準備も始めます。他社にてTOEFL模試を受けましたが、結果は54点。先が長いことを実感した瞬間でした。そんな状況下ですが、他の資格試験と掛け持ちしており4月いっぱいは資格試験を優先しなくてはいけない状況でした。

この頃にMBAホルダーのお客様にMBAの進学相談をしました。MBAの合否に関しては、テストの点は大事だが、EssayとInterviewが最大の評価項目であることや、金融危機など危機的状況の後のMBAでは危機を生きた教材としてどのように改善すべきかを教えることが多いので、チャレンジングでいい時期であるとのアドバイスを受け、是非やるべしと背中を押されました。また米国MBAは各校にそれぞれ特色があり、バラエティに富んでいるので全般的なランキングよりも、自分に最適な学校を見つけることが大事であるとアドバイス受けました。

【2010年7月末】

先述のプロジェクトの完了が告げられます。長かったが、ようやく終了。これで真剣に米国MBA留学を考えることができるようになりました。ちなみにこの時点でTOEFL84点。

【2010年8月】

時間を意識し、TOEFL対策を行いながら、GMAT対策も始めます。まずはとりあえず本試験を受けてみました。結果は490点。TOEFL、GAMTともにまだまだ先が長いことを実感します。

【2010年9月】

インターフェースのEssayカウンセリングを受けます。留学に関する様々な情報をいただき同時にアドバイスを受けました。日程に関しては準備に2年間ほど時間をみてくおくことを薦められました。もし、2011年の入学を希望するならば相当の覚悟が必要であると告げられ、ショックを受ける。数日考えるものの、現在の仕事状況(いつまたプロジェクトに組み込まれるかわからない)、金融危機後であるというマクロ環境、自分の年齢及び人生計画を考えると2011年からの留学が最適であるとの結論に至ります。相当の覚悟を自分に促すためエッセイプレパレーションコースを一括購入で申し込みます。担当講師はルクレア。無料カウンセリングで一度ルクレアとはSkypeしたが、いい人そうかつプロ意識が高いという印象をもっていたので安心する。9月から毎週日曜日に2時間のカウンセリングを受ける。このカウンセリングは出願のピークだった2月まで毎回出席しリアルタイムで受講した。ここから、毎週Essayの課題を作成していく作業が始める。TOFL、GMATのスコアメイクもまだなので、この頃から種々のプライベートのお誘いもお断りして、昼間は通常通りに業務をこなし、プライベートタイム、週末は2011年MBA留学準備に専念する。

【2010年11月】

レジュメ作成が終了し、個別校のEssay対策に入る。しかし、GAMTは依然490点、TOEFLは86点が当時のベストスコア。2012年の留学も視野に入れてEssayを作成することをルクレアからは薦められる。しかし、やはり2011年の留学を最優先したい気持ちは変わらず、ルクレアとのコミュニケーションをよくとったうえで、12月にスコア上昇の兆しが見えることを前提に、計画通り2011年をターゲットとすることにする。

【2010年12月】

12月上旬にGAMTが590点。なんとか、兆しが見えてきた。同時にEssay個別校対策、TOEFL対策を進める。結果が求められる期間で、今までで一番忙しい12月だった。幸い、金融ビジネスは12月がややスローなのが幸いした。この時点でTOEFLは87点がベストスコア。

【2011年1月】

正月返上でGMAT対策を行う。まとまった休みが取れるのは正月しかないので、ここ一番と集中した(とはいえ、休みが4日しかないのが日本の金融ビジネスの悲しいところ)。ほぼ毎月GMATを受験していたので、今回のGMATが2011年出願では最後のGMAT受験のチャンス(1年で5回しかGAMTは受験できないため)。連休を使って大阪に行きGMAT受験(私費のため週末しかGMAT受験できず、{2011年春現在}東京では土日に受験日程がないため)。この試験でだめなら2011年出願を諦めざるをえないところ。結果は640点を獲得し、なんとか出願レベルに到達した。ここで、目標を出願に切り替え、推薦状をはじめとした出願作業を始める。1月末にはTOEFLも91点をとる。また、テストスコアでは競争力のある志願者となれないことを実感し、キャンパスビジットしAdmissionsに直接会ってアピールすることを決心する。その時のため、デバリエのインタビュートレーニングコースを受講(グループトレーニング)しInterviewのスキルを磨く(営業職なのである程度自信はあった)。

【2011年2月】

出願ラッシュの中、会社から1週間の特別休暇をもらうことができ、キャンパスビジットを決行する。8泊10日でVanderbiltをはじめ6校訪問。各校一日の滞在ながら、各都市の違いや、各MBAプログラム違いを実感する。ビジットにてAdmissionsも日本人の卒業生も現役の学生も熱心、情熱的でフレンドリーなVanderbiltにとても好印象を持った。帰国し、ビジット時の印象などを盛り込みVanderbiltに出願。同時に他数校に出願。

【2011年3月】

出願作業に追われるなか、震災発生で出願作業を中断する。日本の国難時に、自分でその時にできることを考え、まず日常業務に専念し、顧客の不安を取り除き通常に近い金融サービスを顧客に提供することにする。またそんな中で、会社から昇格を告げられる。昼間は専念して日々の業務に取り組んできたことが評価されたとうれしい気持ちと同時に、米国留学に夢が膨らんでいる現状で心苦しい気持ちになる。同時に、出願校の中から3月の下旬に初めての合格通知を受ける。ほっとすると同時に、震災後のこのような状況のなか、会社を辞めてMBAに行ってよいものかどうか悩みが出てくる。ルクレアにも相談すると、親身に相談に乗ってくれ、自分の夢をあきらめないことが君にできることであるとアドバイスを受ける。

【2011年4月】

4月上旬にVanderbiltから合格通知を受け取る。震災後の非常事態であるが、今に自分にできることは勉学に努め、それを社会に還元することであると考え2011年のMBA留学を決心する。会社に退職の意向を伝え(昇進早々にも関わらず…)、受理される。6月末退社と決まる。

【最終的に】

会社での上司、先輩、同僚、そしてお客様からの米国MBA挑戦を好意的に受け止めていただき、励ましをいただくことができた。多くの方から、自分も同じ年齢であれば挑戦したいといっていただいたことが何よりもうれしく、次の2年間の励みになると思っている。

上記のようにMBAの出願では、(1)TOEFL、(2)GMAT、(3)ESSAY、(4)INTERVIEW、(5)推薦状、(6)大学時の成績と準備することがいろいろあります。(6)以外はそれぞれ、限られた期限内に満足できるレベルまでもっていくことが必要です。私の場合短期間での準備だったのですが、インターフェースが伴走者として一緒に準備してくれることでアドバイスを受けたり、情報をいただいたり、議論を戦わせより濃い内容にしたり、スケジュール管理してもらったりと大きなメリットを受けました。未知の体験で、日々刻々と状況が変わる中での孤独な戦いである出願準備において、成功の一つの要因となるのは良き伴走者を得ることだと思います。その意味ではインターフェースはプロ意識が高く、実績もあり、親身のサービスを提供してくれると同時に同じ境遇の仲間とのネットワーキングにも積極的なので大いにおすすめです。

また、私のケースで、反省点としてアドバイスできることは

(1) 出願はできれば年内にすませること(私はほぼすべて3rdでの出願でした)
いわゆる3rdの出願は現地の学生でも競争率が高いと敬遠します。年内までに
すべての項目を満足いくレベルまで高めて、2ndまでに出願されることを
強くお勧めします。当然、あくまで満足いくレベルに到達しているのならばですが。。。

(2)  出願は計画的に、十分な余裕をもって(通常は2年計画だそうです)
MBAの出願では多くの項目をこなさなくてはいけません。当然早めに準備して、
それぞれの項目を満足できるレベルに持っていくことが望ましいと思います。
少なくとも、私のようにギリギリまでその年に出願できるかわからない
という状況は避けるべきでしょう。それは合格後の渡米準備にも影響を及ぼします。

(3)  出願校、GMATなどへの登録は早めに(私は出願時にアカウントの登録を行いました)
出願をしなくても、アカウントを作成していることで志願者として認識され、
情報提供を行ってくれることも多いようです。少なくとも、ギリギリで
あわてるよりもメリットが大きいことは確実です。

以上、簡単に書くつもりが長い文章となってしまいました。あくまで私のケースですが、少しなりともこの体験記が最後まで読んでくださった方にとって参考になれば幸いです。

大学院留学 合格体験記
Vanderbilt OwenMBA(オーウェンMBA) Class of 2013